直江に言わなくては…
重い心を抱え、直江の方へと歩く。
声を掛けようとした時、花屋を出た容疑者が、こちらに近づいて来るのが見えた。
トルルルル
直江は即座に自分で携帯を鳴らし、話し中を装う。
だが通り過ぎるかに見えた容疑者は、直江の横で足を止めると、
手に持った花束を差し出して、にこやかに微笑みかけた。
ギョッとしたのは直江だ。
まさかこんな行動に出るとは予想もしていなかったが、尾行に気付かれたとも思えない。
直江は内心で冷や汗をかきながら、驚きと困惑を顔に浮かべ、携帯電話を手で覆った。
「あの… 人違いでは?」
あくまでも通りすがりを演じる直江に、男は少し笑って首を振った。
「隠さないで下さい。あなたは僕を知っているはずだ。
刑事さん…ですよね? ずっと僕の後を追っていたでしょう?」
穏やかな物腰も口調も、とても強盗には見えない。
あの家の女中が、主人の友人だと言われて信じたのも無理はないだろう。
だが、この男は間違いなく犯人なのだ。
もうすぐ高耶が戻ってくる。
課長の許可さえ取れれば、身分を明かしても何の問題もないが…
今は粘って時間を稼ぐしかない。
早く…早く許可を!
事件そのものが無かった事にされたとは知らず、ひとり焦る直江の前で、
男はチューリップの花束を手に、
「ご挨拶が遅れました。中川です。」
と頭を下げた。
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