『夜明けの雪』-18

嶺次郎は兵頭に目で確認をとると、高耶が出した写真を手元に引き寄せ、一人の男を指差した。

「この男、知っちょるか?医学界じゃ有名な一族の御曹司でな。
 六年前、中川が城南医大を解雇されたんは、こいつの嘘が原因じゃ。」

指の先には、予想通り里見勇一の顔がある。
気の良さそうな笑顔が、そう思って見ると胡散臭い。

中川と同じように別の大学から城南医大のチームに入った里見は、中川と一緒に患者の治療を担当していた。
仲も良かったらしい。
それがある日、中川が寮に戻ると、机の中身が引き出され、里見と教授が厳しい表情で立っていた。
中川が他人の論文の資料を盗んでいると、教授に訴えた人間がいるというのだ。
噂は瞬く間に広がり、中川は辞めさせられた。

  「訴えたのは里見だ。誰が言わんでも、中川にはわかっちょった。
 二人っきりで話したら、本人もすぐに認めたそうじゃ。」

里見は焦っていた。
親や周囲からの期待の重さを気に病み、中川と実践した新しい治療法を、自分の手柄にしたかったのだ。

「ひでぇ話だ。俺ならボコボコにして、思いっきり金でも要求するとこだぜ。」

警察官にあるまじき感想を吐いて、高耶が嫌そうに眉を寄せた。

「俺もそう思う。」

嶺次郎がフッと笑い、横で兵頭が俯いた。

「今からでも、わしが行くっちゅうたら、中川は泣きそうな顔で笑うて首を振った。
 自分はもうええ、だから怒らないでくれ。そう言われた…
 あいつは、中川はそういう男だ。」

枯れた兵頭の声に、友を思う心が滲む。
やはり中川は、理不尽な仕打ちを経験していたのだ。
それを黙って耐えた…六年間も…
なのに今になって、なぜ里見の家へ強盗に?

半年前といえば、フミが里見家を辞めた頃だ。
中川はフミの話を聞いて、ここへ来る気になったのだろうか?
もしそうなら、考えていた動機とも繋がる。
だが直江の中には、どうにもしっくりこないものがあった。

「六年前の話は、それでわかります。
 では、半年前には、何があったんです?
 今の話を聞けば中川…さんは、その里見という男に、仕返しをするような人とは思えません。
 それに先ほど少し耳に入った話では、妹さんが行方不明になっているとか…」

思わず問いかけた直江の言葉に、高耶が大きく目を瞠った。

 

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