動揺を隠せないまま、高耶は嘉田と兵頭に視線を移した。
二人の顔には、無言の肯定が浮かんでいる。
「ウソ…だろ…?」と小さく呟いたきり、考え込むように黙ってしまった高耶を訝しみながらも、
直江は言葉を途切れさせることなく質問を続けた。
「もしかして中川さんは、こちらに妹さんを迎えに来たのでしょうか?
そのとき行方不明だと知ったのでは…?」
恐らく違う。
だがフミの情報が欲しかった。
高耶がチラリと目を上げる。
答えたのは、兵頭だった。
「いや。行方不明っちゅう話は、3日前に初めて分かったことじゃ。」
兵頭は冷めた珈琲をグイッと飲み干すと、淡々とした口調で話を続けた。
半年前、ふみから体調が良くないと聞いた中川は、その病名を知って自分が四国を出る事を決めた。
城南病院ならば、最先端の治療が受けられるというのが、その理由だった。
フミの病気は、あろうことか中川と里見が六年前に新しい治療法を実践していた、あの難病だったのである。
やがて先月の始めに、城南病院に入院させたと電話があり、
仕事の都合で先月中は休めなかった兵頭と嘉田は、今月の連休には必ず見舞いに行くと約束したのだが、
それからしばらくして、中川との連絡が取れなくなってしまった。
兵頭たちは知らないだろうが、時期からすると例の強盗事件の頃である。
心配しながらも、約束の日に城南病院を訪れた二人は、ふみが既に退院していたことを知った。
今から三日前のことである。
病院では、退院後は家で療養という話だったが、ふみは帰っていなかった。
以後、彼女の消息を知るものはない。
「退院は先月の末。付き添いらしい人間と一緒だったようだが、誰も顔を憶えていない。
…心当たりは全て探した。時間がないんじゃ!
中川の居所を教えろ!早う言わんか!」
重い口を開き、話し始めた兵頭だが、直江や高耶への不信感が消えたわけではないのは、目を見ればわかる。
それでも縋らずにいられないほど切羽詰まっているのだと思うと、直江の背中に嫌な汗が流れた。
「けど、退院したって言われたんだろ?
治って元気に暮らしてる…って線は無いのか?」
高耶の声に、ハッとした。
そうだ。普通ならそう考える。
悪い方にばかり考えなくても良いはずだ。
だが、そういう高耶自身が、いつになく不安げに瞳を揺らしている。
嶺次郎が、厳しい顔で腕を組んだ。
「おんし、六年前の話を聞く時、中川は妹の傍にいたかったはずじゃと言うたな。
だったら、わかっちょるはずじゃ。
中川の居場所を知っているなら、な。
いくら信じたくない事でも、現実を捻じ曲げることは出来ん。
…中川は、1人なんじゃろう?
それが答えじゃ。」
逃がすまいとするように、じっと高耶の目を見据える嶺次郎を、直江は新たな驚きを持って見つめた。
この男…。
相手の言葉から心情を読み、揺さぶりをかけるとは、まさに百戦錬磨の尋問だ。
いったい、この男たちは…
だが胸に浮かびかけた疑問は、形になる前に消し飛んだ。
高耶の口から、思いもよらない言葉が語られたのだ。
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