「そん名前、どこで聞いた?
顔しか知らんような奴が、なんでフウちゃんの名前を、
知っているかと訊いちょるんじゃ!」
嘉田の口から厳しい声が上がった。瞬時に自分が犯した致命的な失敗を悔いたが、既に遅い。
窮地に陥った直江の耳に、コンコンと誰かがドアをノックする音が聞こえた。
三人の目が一斉にドアを向く。
「遅れてすまない!」
頭を下げて飛び込んできたのは、まだ来れないと思われていた高耶だった。
高耶は和やかとは言えない雰囲気に、チラリと直江の顔を見ると、
表情を引き締めて嘉田と兵頭を見つめた。
「俺が行くまで、何も話すなと言ってたんだが、逆効果だったようだな。
けど今は、俺を信じてくれとしか言えない。
どうする? このまま本題に入るか? それとも・・・」
二人は不信感を拭えない顔で、直江と高耶を交互に見据え、それから目を見合わせて頷きあった。
「時間が無い。とにかくアンタの話を聞かせて貰おう。」
頷いて、高耶は直江の隣に腰掛けた。
その横顔を、食い入るように直江が見つめる。
緊張感の漂うなか、コーヒーが今度はおかわり用のポットと一緒に運ばれてくると、
高耶はフゥッとひとつ息を吐き、二人の視線をきっちり見返して話し始めた。
「つまり、おんしは中川の居場所を知っていて、わしらには教えられんっちゅうんじゃな?」
「いや、教えないとは言ってない。あんた達の出方次第だと言ってるんだ。」
思わせぶりに言葉をきって、高耶はテーブルの上で軽く指を組んだ。
薄々気付いてはいたが、話を聞けば疑いもなく、
中川の情報を教えると誘いをかけたのは、高耶の方だったとわかる。
連絡の取れなくなった中川を心配して、数日前に四国から捜しに来ていた二人を、
高耶の張り巡らせた情報網が捉えたのだ。
そして高耶は、例の強盗事件には触れず、自分達の素性も情報の出所も伏せたまま、
この街に来てからの中川の様子を語り、肝心の居場所を言う手前で、話を止めていた。
「出方次第? 随分な物言いじゃの。
おんし、何を企んじょるか知らんが、そんな言葉は相手を見て言わんと泣きをみるぞ。」
低く冷たい兵頭の声が、鋭く凄む。
見守る直江も、険しい表情になっていた。
恐らく高耶は、この二人から何かを聞き出す交換条件として、中川の居場所を教えるつもりでいる。
だが今それを言ってしまえば、自分達がまだ事件を追っている事を、中川に教えるようなものではないか。
何を考えているのだと、言えるものなら言ってやりたかった。
高耶は顔色も変えず、じっと嘉田を見ている。
それは取引相手を定めた目だった。
「何が望みだ?」
やがて嘉田嶺次郎は顰めた眉を解くと、高耶の瞳を面白そうに見つめて問いかけた。
「話が早くて助かる。」
高耶は僅かに笑みを浮かべると、ポケットから1枚の写真を出して机の上に置いた。
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