『夜明けの雪』-13

直江は高耶の両肩を押さえたまま、真上から瞳を覗き込んだ。

「落ち着いて…まだ点滴の途中です。」

「点…滴…」

吸い寄せられるように直江を見つめ、高耶の唇がオウム返しに動く。
直江が頷くと、高耶は細く息を吐いて目を瞑った。

「いつ終わる? 何時になるか、わかるか?」

大人しく体の力を抜き、起き上がるのを諦めた素振りの高耶だったが、 声には苦悩と焦りが滲み出ている。
何か大事な用件…しかも直江には言えない事らしい。
直江は感情を隠し、わざと事務的な口調で答えた。

「点滴は6時過ぎには終わるでしょう。どこへ何時の予定ですか?」

「門前に7時…ギリギリか…」

思わず口の中で呟いて、高耶はアッと直江を見た。

「すみません、本当はもうすぐ6時半です。
 どう頑張っても、あなたでは間に合わない。門前町まで、私なら半時間で行けます。」 「直江…ダメだ。おまえには関係ない…」

言いかける高耶の目を見つめ、直江は大きく首を振った。
もしこれがプライベートな事ならば、確かにそうだ。
だが直江は違うと確信していた。

根拠など無い。
ただ高耶の体調と、こうなった原因を考えたとき、導き出される答えは、ひとつしかない気がした。
直江は高耶が、中川の件で誰かと会うと直感し、カマをかけたのだ。

「関係ない? まだそんなことを言うんですか?
 あの事件は、あなただけの屈辱じゃない。
 約束の相手は、私にとっても会う価値のある人物のはずです。
 言ったでしょう? 私に手を退けと言うなら、あなたも同じだ。
 あとは私が動きます。時間がない。早く指示を!」

高耶は苦渋に満ちた瞳で直江を見つめ、唇を噛んだ。

「…わかった。場所は駅裏のクール。奥の別室に中川の友人が2人来ることになってる。
 おまえは俺が行くまで、こっちの正体を知られずに、なんとか引き伸ばしてくれ。
 いいか、事件に関することは、絶対に何も言うな。俺に頼まれて来た会社の同僚ってことにするんだ。」

コクリと頷いて、直江は病院を後にした。
駅まで走って電車に飛び乗る。
この次は半時間後だが、あの様子ではそれも危うい。
タクシーを使ったとしても、この時間帯では渋滞に巻き込まれて、電車を待つ方が早いくらいだ。
やはり高耶が来れるのは、およそ1時間後といったところか。
それまでどうやって待たせるか…

直江は難しい顔で、外の景色を眺めた。

 

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