『with you』−5

 

まだ仕事中だからと、高耶が慌ただしく持ち場に戻った後、
直江は一人でショッピングモールの中を歩いていた。

元々バイトが終わるまで待つ気でいた直江だ。
あんなことをして、本心では今すぐ攫ってしまいたくなっていても、
待つしかないのは承知している。

だが…

この暑い中、もしも熱中症で倒れたら…
せめて近くで見守りたい。
そう思っただけなのに、高耶は邪魔だと言って追い払う。
隠れて見るのも許さないのだ。

全く、あなたという人は…

溜息と共に口をついて出た独り言に、なぜか自分の声が重なって聞こえた気がした。
同じ言葉を、自分は言ったことがある…
あれは…
思い出せそうで、思い出せない。
もどかしさに、つい眉間に皺を寄せた時、ふいに記憶が蘇った。

待ちに待った休日、どこにも行かせたくなくて抱きしめた腕の中から、
するりと抜け出して、天気が良いからと有無を言わせずシーツを剥ぎ取り、
不満やるかたない直江の額を、笑いながらチョンと撫でた。

抜けるような青い空、眩しい笑顔
それから…

また違う記憶の扉が開く。

叩きつけた言葉に、怒って睨みつけた瞳
目の前でバタンと閉じられたドア
走ってゆく足音

違う。そうじゃない。
あなたを傷つけたかったんじゃない。

行かないで
待って

危ない!
高耶さんッ!

頭の中で、いきなり光や音が渦巻いて、割れた万華鏡のように一斉に散らばった。
ドクドクと耳の奥が鳴る。
息が苦しい。
吐き気と痛みに目が眩んだ。

いけない、今ここで倒れたら…
高耶の瞳から零れおちた、あの涙の滴を指先に感じた。

(…こんなことして…倒れたら許さねえからな…)

ぶっきらぼうを装った、優しくて温かな声が囁く。

「倒れたり…しませんよ…」

呟きながら、ゆっくり息を吐き出す。
大丈夫。
俺は倒れたりしない。
今度こそ、あなたの傍にいる。

  

 

どうにか喫煙室に辿りつき、震える息を整えて、目を開いた。
まだ痛みは少しマシになった程度で、指先も冷たい。
けれど今はもう、さっきまでの深い闇に落ちてゆきそうな感覚は無かった。

薄れそうな意識を引き戻して支えてくれたのは、
この腕に、唇に、そして何よりもこの胸に、鮮やかに刻みつけられたもの。
いきなりフラッシュバックした記憶の閃きよりも、もっとずっと確かなものだ。

想うだけで心が強くなる。

不思議なものだ。
その同じ存在を想う時、こんなにも不安が募るのに…

会えなかったときは、また会えることだけを望んでいた。
顔を見たら、もっと見ていたくなった。
その手に触れたら、もう離したくなくて…
尽きることのない想いが、次々に溢れてくる。

あなたは、こんな俺をどう思うだろう?
離れたいと思うだろうか?

もし拒絶されたら…
あなたを失ってしまったら…

蘇る感触が胸を灼く。
ほんの数分前のことが、まるで夢のように思える。
触れていないと消えてしまいそうで、不安でたまらなくなる。

ああ、そうだ。
この想いを、俺は知っている。
見え隠れする記憶の中で、何度も浮かんでは俺を苦しめる、この想い。

ああ…本当に、あなたという人は…

奥の壁に凭れて、煙草を1本取り出し火を点けた。
灰皿に手を伸ばすと、テーブルに置かれたチラシが目に入った。
なにげなく眺めた直江は、ふとその日付に視線を留めた。

今日は確か22日だ。だから明日は23日。
わかりきったはずの日付に、なぜか妙に心が騒ぐ。

明日は…7月23日…

「え? えええっ!!!」

ハッと大きく目を瞠り、弾けるように立ちあがった直江は、
点けたばかりの煙草を灰皿に押しつけ、喫煙室を飛び出した。

                                

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