『with you』−4

 

鬼門なのだ、オレは。
それが、この2カ月で認めるしかなかった答え。

初めて倒れた時は、事故のショックが残っているんだと思った。

けど暫くして落ち着いてきた後も、
なぜかオレが行った時に限って、急に具合が悪くなる。

なるべく刺激しないように、当たり障りのない話、たとえば天気の話をしてても、
ふいに直江が黙りこみ、何かを思い出そうとするように、じっとオレの顔を見始めると、
たちまち激しい頭痛で苦しみ出し、ひどい時にはそのまま意識を失って…

そんなことが二度三度と続けば、やがて疑いは確信に変わる。

直江を苦しめているのは、オレ…?
オレが引き金になっている…

なぜ?
どうして?

理由なんてわからない。
だが結論だけは出ていた。
オレといなければ、直江は倒れない。

だから会わなかった。 そうして直江は順調に回復し、オレのこと以外は殆ど思い出して、通常の生活に戻った。
…答えの正しさは、証明された…
どれほど認めたくなくても、それが現実なんだ。

 

  

 

「…思い出さなくて、いい…?」

直江が低く呟いた。
聞いたことのない響きに、高耶の瞳が戸惑って揺らぐ。

「本気で…あなたは本気で、そんなことを…」

望んでなど、いない。
本当は、今すぐにでも思い出して欲しい。
そう言えるものならば、どんなに…!

「本気に決まってる! オレは、もうお前と関わりたくないんだ!」

一気に叫んで、手を放した。
顔が上げられない。
限界だった。
これ以上ここにいたら、心が破裂してしまう。

俯いて後ずさろうとした時、高耶の背に直江の腕が廻った。
いきなり胸に押しつけられて、息が止まる。

「ちょ…ッ 離せ…」

もがく高耶の頬に、熱い息が触れた。
ドクンと鼓動が撥ねる。
次の瞬間、ふたりの唇は重なっていた。

思いがけない口づけだった。
激しく、深く、言葉も吐息も吸い取って、
それでもなお足りないと言うように、舌を絡ませ唾液を奪う。

甘さなど欠片も感じる余裕は無かった。
それなのに、切ない情熱が狂おしいほど湧き上がってくる。
高耶の目尻から、涙が零れおちた。

「…放さない。関わりたくないなんて…言わせない…」

絞り出すように声を漏らして、直江は僅かに唇を離した。
じっと高耶の目を見つめ、

「あなたは何もわかっていない。
 思い出さなくていいと言われて、それで終わりに出来ると思うなんて…
 その程度の想いなら、どれほど楽か…!」

自虐的な笑みを浮かべた直江は、
高耶の目の端に涙の名残を見つけて、そっと拭った。
端正な顔が、苦しげに歪む。

「止めても無駄なんです。自分でもどうにもならない。
 気がつくと、いつもあなたを想っている。
 思い出せなくても、この記憶の中にあなたがいるなら、求めずにいられない。
 失いたくない…それが過去のあなたでも…」

      だから記憶を取り戻したいと願った。
  他の何よりも、ただあなたのことを思い出したかった。
  俺たちの関係を、あなたの傍にいる権利を、取り戻したかった。

「直江…」

何も言えなかった。
鳶色の瞳には、けして退かない直江の意思が煌めいている。

「あなたの嫌がることは、しないでおこうと決めていたのに…」

すみません、泣かせてしまいましたね。と謝って、
直江はもう一度、唇を重ねた。
労わるような優しいキスが、甘く心を締めつける。

「泣いてねえっ…息が出来なくて苦しかったんだよッ!
 バカ野郎…んなことしやがって…倒れたら許さねえからな。」

直江の胸に、ゆるく拳を押し当てて、高耶は力を抜いて身体を預けた。

                                

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