鬼門なのだ、オレは。
それが、この2カ月で認めるしかなかった答え。
初めて倒れた時は、事故のショックが残っているんだと思った。
けど暫くして落ち着いてきた後も、
なぜかオレが行った時に限って、急に具合が悪くなる。
なるべく刺激しないように、当たり障りのない話、たとえば天気の話をしてても、
ふいに直江が黙りこみ、何かを思い出そうとするように、じっとオレの顔を見始めると、
たちまち激しい頭痛で苦しみ出し、ひどい時にはそのまま意識を失って…
そんなことが二度三度と続けば、やがて疑いは確信に変わる。
直江を苦しめているのは、オレ…?
オレが引き金になっている…
なぜ?
どうして?
理由なんてわからない。
だが結論だけは出ていた。
オレといなければ、直江は倒れない。
だから会わなかった。
そうして直江は順調に回復し、オレのこと以外は殆ど思い出して、通常の生活に戻った。
…答えの正しさは、証明された…
どれほど認めたくなくても、それが現実なんだ。
「…思い出さなくて、いい…?」
直江が低く呟いた。
聞いたことのない響きに、高耶の瞳が戸惑って揺らぐ。
「本気で…あなたは本気で、そんなことを…」
望んでなど、いない。
本当は、今すぐにでも思い出して欲しい。
そう言えるものならば、どんなに…!
「本気に決まってる! オレは、もうお前と関わりたくないんだ!」
一気に叫んで、手を放した。
顔が上げられない。
限界だった。
これ以上ここにいたら、心が破裂してしまう。
俯いて後ずさろうとした時、高耶の背に直江の腕が廻った。
いきなり胸に押しつけられて、息が止まる。
「ちょ…ッ 離せ…」
もがく高耶の頬に、熱い息が触れた。
ドクンと鼓動が撥ねる。
次の瞬間、ふたりの唇は重なっていた。
思いがけない口づけだった。
激しく、深く、言葉も吐息も吸い取って、
それでもなお足りないと言うように、舌を絡ませ唾液を奪う。
甘さなど欠片も感じる余裕は無かった。
それなのに、切ない情熱が狂おしいほど湧き上がってくる。
高耶の目尻から、涙が零れおちた。
「…放さない。関わりたくないなんて…言わせない…」
絞り出すように声を漏らして、直江は僅かに唇を離した。
じっと高耶の目を見つめ、
「あなたは何もわかっていない。
思い出さなくていいと言われて、それで終わりに出来ると思うなんて…
その程度の想いなら、どれほど楽か…!」
自虐的な笑みを浮かべた直江は、
高耶の目の端に涙の名残を見つけて、そっと拭った。
端正な顔が、苦しげに歪む。
「止めても無駄なんです。自分でもどうにもならない。
気がつくと、いつもあなたを想っている。
思い出せなくても、この記憶の中にあなたがいるなら、求めずにいられない。
失いたくない…それが過去のあなたでも…」
だから記憶を取り戻したいと願った。
他の何よりも、ただあなたのことを思い出したかった。
俺たちの関係を、あなたの傍にいる権利を、取り戻したかった。
「直江…」
何も言えなかった。
鳶色の瞳には、けして退かない直江の意思が煌めいている。
「あなたの嫌がることは、しないでおこうと決めていたのに…」
すみません、泣かせてしまいましたね。と謝って、
直江はもう一度、唇を重ねた。
労わるような優しいキスが、甘く心を締めつける。
「泣いてねえっ…息が出来なくて苦しかったんだよッ!
バカ野郎…んなことしやがって…倒れたら許さねえからな。」
直江の胸に、ゆるく拳を押し当てて、高耶は力を抜いて身体を預けた。
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