『月を射る』−9

 
 

翌日、早朝から朝稽古を行い、食事と休憩の後は基礎トレーニングと、合宿らしい少々ハードな練習で汗を流した総勢8名の部員たちは、「寒い」どころか「暑い」を連発して、綺麗に磨き上げられた床にバッタリと倒れ込んだ。

「だらしねえぞ! そんなじゃ『光陰』の人達に笑われちまう。ほら、頑張って立つんだ!」
高耶がパンパンと手を叩いてゲキを飛ばす。
「立つんだ! 立つんだジョー! 」
お調子者の寺下が、隣の牧田を揺すって起上がる。
「わかってるよぉ、丹下のおっちゃん」
ゆらりと立ち上がって、牧田は肩で息をしながら前方を見上げた。
その先には、ハッハッと短い息を吐きながら、直江が倒れずに立っている。

「スゲェよなぁ…よく立ってられるぜ。直江先輩って、実は凄い人だったりして…」

「ああ。だから腹が立つんだ。あいつは何もわかってない! 力を隠してる奴に勝ったって、むかつくだけなんだよっ! バカ野郎だ。あいつは!」

ボソッと呟いただけなのに、斜め前の武内から思いきり言葉が返ってきて、牧田は目を丸くして武内と直江の背中を交互に見つめた。

「なんで? 勝てるのに、わざわざ負けてんの? わかんねえ…ホントわかんねえや。」

「いや。勝てるとは限らないよ。あの子が力を出し尽くしても、勝てるかどうかはわからない。弓とはそういうものだ。
 そもそも弓の場合、勝負の相手は他人じゃない。」

今度は後ろから声を掛けられて、牧田はポンと手を叩いた。

「あ! そうですよね! おまえの相手は的だって、仰木先生も言ってました!」
「そうか…仰木君が…」
呟いて、照広は少し俯いたあと、微笑んで牧田の肩をポンと叩いた。

そのまま高耶の横に行って、
「仰木君、そろそろ仕度の時間だ。すまないが潔斎をして着替えてくれるかな。」
照広が腕を取ると、ハッと顔を上げた直江と目が合った。

直江は、照広を激しい目で睨みつけると、すぐに横を向いてギュッと目を瞑った。
小さく溜息を吐いて、照広は高耶の背を抱くようにして、直江のすぐ脇を通り過ぎた。

「君達も7時までには境内に来るといい。最前列を空けておくから、よく見えるはずだよ。」
にっこり笑って道場を出る照広と、天を仰ぐ高耶の姿を、直江は黙ってじっと見送っていた。

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