『月を射る』−8

 
 

合宿は、冬休みと同時に始まった。

学校が終わってから集合し、迎えのバスで『光陰』に着いた一行は、まずその建物に驚いた。
つい最近、出来ばかりだと聞いていた『光陰』は、由緒のありそうな神社の一角に、どう見ても百年は経っていそうな古い威容を誇って、建っていたのである。

「さ、寒そう…」
ボソッと漏らした宮本に、
「ばか。失礼だろう。」
と言いながら、武内も不安そうな顔で高耶を見る。
高耶はゴクッと唾を呑むと、道場の入り口で元気良く声を張り上げた。

「たのもおぉ!」

よく通る声が、しんとした道場に響いて消えた頃、奥から明るい笑い声が聞こえた。
「いまどき「たのもう」とは珍しいね。」
楽しそうに笑いながら出てきたのは、直江よりも学園長と良く似た面差しの、優しそうな人だった。
「兄さん…」
5年ぶりの再会に、緊張している面持ちの直江を見て、ちょっと微笑んだ照広は、弟には声を掛けず、高耶に向かって手を差し出した。

「『光陰』へようこそ! よく来てくれたね。
 合宿中は、ここを君の道場だと思って、存分に使ってくれたまえ。」

落ち着いた物腰も貫禄も、とても二十代後半とは思えない。
高耶は、すっかり雰囲気に呑まれてしまって、
「あ…はい! ありがとうございます。よろしくお願いします。」
と言いながら、慌てて頭を下げて手を握った。

その手を握ったまま、照広は暫く離さなかった。
やがて名残惜しそうに手を離した照広は、高耶をじっと見つめると、
「君が弓を辞めたと聞いた時は、もう見れないものと諦めていたんだが… こうして目の前にすると、諦めきれないものだな…」
呟いて、そっと後ろを向いて目を閉じた。
「ここは寒い。さあ、宿舎に入ろう。」
振り返った照広は、明るく笑って部員達を促した。

宿舎は、弓道場の奥にある照広の自宅を一部開放したもので、表の社務所と渡り廊下で繋がっている。
「神主さんも兼ねてらっしゃるんですか?」
すごいなぁと感心する高耶に、照広はチラリと直江に目をやって、

「縁とは不思議なものでね。家を飛び出してバカやってた頃、先代と出会って…本当に良い人だったよ。
 ここに来て居候させてもらってる間に、結婚して子供が出来て、こうなった。
 まさかこの歳で神主になるとは思ってもみなかったが、元々うちの家も神社の家系だったからね。
 今になってみると、俺はこの為に家を出たような気さえしている。まだまだ先代には遠く及ばないし、何もかも修行中だ。
 まだまだ、追いつけそうにないよ。」

そう笑って少し黙ったあと、廊下から見えた神社の方を指差した。

「冬至の夜、つまり明日の夜、境内で破魔の神事を行うことになっているんだが、その破魔の弓を是非君にお願いしたい。
 いきなりで申し訳ないが、どうだろう? 是非、引き受けて欲しい。頼む。」

ここまで言われ、深々と頭を下げられては、断わるに断われない。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 俺はそんな…」
それでも高耶が断わろうとすると、今度は部員たちが、
「先生が弓を引くところ、俺達も見たいよ。先生、やってよ。やって下さい!」

見たいけれど見せたくないという複雑な表情の直江と、思いがけない展開に困っている高耶を残し、話は勝手に盛り上がって進んでゆく。
部員達を味方につけた照広は、嬉しそうにニッコリ笑って、
「やってくれるね。」

「…はい。」
力無く頷く高耶の肩を、ありがとう!と何度も抱き寄せたのだった。

 

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