『月を射る』−6

 
 

「こんな部員は、要りませんか。」

「違う! そんなんじゃない! 俺はおまえに…」

言いかけた言葉が途切れた。
直江が高耶の指を口に含んで、あからさまに手を愛撫する。

「ア…ッ」
驚きとは別の感覚に、高耶はギュッと目を瞑って立ち上がった。
「ばか! やめろ!」
手を振り解こうとして、もう一方の手も掴まれ、いつのまにか高耶は直江の腕に、抱きしめられていた。

「俺の気持ちが知りたいって、言いましたよね?」

「こんなの…! これがおまえの気持ちだって言うのか!」

部員の悩みを聞こうとして、両手を掴まれ、背中から抱きしめられて、耳元で甘い声で囁かれるなんて、そんなこと誰が想像するだろう?
嫌がらせとしか思えない。
それなのに、直江の腕も声も、優しくて温かくて、絡め取られるように流されていく。
こんなのダメだと思うのに、振り解けない。

「んん…あ…あァッ」

直江の腕から逃げられないまま、耳から首筋に唇が滑り落ち、そっと吸われる感触に思わず声が洩れた。
床に倒れ込んだ身体を、衝撃を受けないように支えながら、直江は高耶の上に覆い被さった。
フリースをたくし上げて、手を這わせる。
露になった肌に唇を寄せると、高耶はヒクンと身を震わせた。
下腹から、もっと下に唇と手を滑らせてゆく。
手の中で高耶が形を変えるのがわかった。

「嫌だ! 直江! やめ…っ…んッッ」
必死になって身体を捩っても、直江の手がしっかりと腰を押さえて動けない。
それでも高耶が肩や背中を叩くと、弱い拳でも効いたのか、直江は腰から手を離した。

「やめろ…やめてくれ…」
うわごとのように繰り返す高耶の顔を、直江はじっと見つめた。
目尻に溜まった涙が、つぅっと零れ落ちる。
涙をそっと唇で吸い取って、直江は静かに高耶にくちづけた。
「すみません。でもこれが俺の気持ちなんです。」
直江は高耶の髪に触れ、頬から顎のラインを辿ると、溜息をついて体を起こした。
「あなたが好きです。高耶さん。」

閉じたままの目から、また涙がこぼれた。
直江は立ちあがって身なりを整えると、
「もし賭けに勝ったら、今日のように途中で止めませんから、そのつもりで。」
言い残して、玄関で一礼して出ていった。

賭けには勝つ。
直江が勝つことなんて、絶対にない。
そう思いながら、なのに心は少しも慰められなかった。
どうすればいい…?
俺は、どうすればいいんだ…

床に転がったまま、高耶は声を殺して泣いていた。

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