『月を射る』−4

 
 

次の日も、その次の日も、高耶の周りには、なぜか用事を抱えた人が集まるらしく、部活が始まる時間に弓道場に行けないばかりか、最悪な時は校外に連れ出されて、夜まで帰してもらえなかった。
けれどそうなると、さすがに高耶も賢くなる。
自分がいなくても部員が練習できるよう、綿密な基礎メニューを作り、全員の前で部長の武内に渡した。

「このメニューをこなせば、2週間後には必ず楽になる。それまで頑張るんだ!
 武内。俺がいない時は、おまえが顧問代理だ。頼んだぞ!」

力の入ったゲキを飛ばされ、真剣な瞳で見つめられて、武内は頬を紅潮させて頷いた。
部員たちも、初日とは違って、張り切って練習するようになっていた。
負けてばかりの弓道部だ。今までこんなに熱心に言ってくれる人などなかった。
ボイコットしても、練習についていけないとサボっても、高耶はちゃんと話を聞いてくれる。
まあ、だからといって、練習の手を抜いてくれることは無いので、言うだけ無駄ではあるのだが、それでも黙って聞いてくれるだけで、気持ちは少し楽になった。
そのうち質問攻めや荷物運びも減ってきて、高耶は落ちついた生活を取り戻し、弓道場にも部員より先に入れるようになってきた。
そうして2週間が過ぎた時、弓道部は見違えるような、活気に満ちた部に変わっていた。

「先生が言った通りだった! ほらな、見てみて。このくらいならもう楽勝!」
得意になって腕立て伏せをする1年の牧田に、2年の宮本が片手腕立てを見せつける。
高耶は笑いながら、牧田に「良く頑張ったな」と声を掛けると、少し離れたところに立っている直江を目の端で捉えて、そっと溜息をついた。
「直江が気になりますか?」
察しの良い武内が、気付いて小さな声で尋ねた。
「ああ…相変わらずのようだな。」
高耶は少し俯いたまま、わざと軽く答えると、武内の右腕を支えて、弓を持つ姿勢を直してやった。

顧問になったのは、直江を育てたかったからなのに、肝心の直江だけが練習に身を入れない。
最初の頃は、直江と二人しかいない時もあって、その時は熱心だったと思うのに、今は休まず来ているだけで、本当の力の半分も出そうとしない。
武内のように、だんだん実力が上がってくると、そんな直江の態度がわかってしまう。
毎日ここに来ているにも関わらず、直江は休んでばかりいた頃よりも、部の中で孤立していた。

練習が終わった後、高耶は出て行こうとする直江を呼び止めた。
「直江、話があるんだ。着替えたら、ちょっと寄っていかないか?」
このまま直江が本気を出さないでいるなら、賭けに勝っても意味が無い。
なんとかしたくて考えた言葉だったが、直江は冷めた態度で高耶を見ると、
「寄っていく? どこへですか? 未成年なので酒は呑めませんよ。」
男ふたりで話といえば、おでんの屋台か居酒屋しか浮かばなかった頭の中を、見透かしたような言葉に、高耶は焦ってつい家に寄れと誘ってしまった。
わずかに目をみはった直江が、
「わかりました。すぐに着替えてきます。」
と微笑むと、高耶は短く頷いて、
「片付いてないけど、勘弁しろよ。」
目線を外したまま、ボソッと恥ずかしそうに言った。
思わずクスクス笑い出した直江を、さっさと行け!と追いやって、高耶はいつしか笑顔になっていた。
久しぶりに見た直江の笑顔に、胸がほんのり温かかった。

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