『月を射る』−13

 
 

唇が離れても、二人はそのまま抱き合っていた。
でも、いつまでも、そうしてはいられない。
戻らなければならないと、先に離れたのは高耶だった。
なんとなく黙ってしまって、途方にくれて顔を上げると、木の枝の間から、空に浮かんだ月が見えた。

「直江、地球から月までの距離って、知ってるか?」

いきなり始まった話題に、直江が言葉に詰まると、高耶は笑って話を続けた。

「約38万キロだ。こんな近くに見えるのに、すげぇ遠いだろ?」

話の先が見えないまま、コクンと頷く直江を見つめて、

「だけどな、あの月に向かって矢を放ったら、届きそうな気がしないか?
 もちろん届かないと知っているけど、そんな気がするくらい、気持ちよく矢が飛ぶ瞬間がある。
 あの日、おまえの弓を見たとき、おまえもその瞬間を、知ってるんじゃないかと思った。
 何も話さなくても、一緒に弓を引いているだけで、わかりあえるような気がしたんだ。」

高耶の瞳が、月を映して煌いた。
あの日、高耶も直江と同じ気持ちだったのだ。
一緒に弓を引きながら、放った矢がどこまでも飛んでゆく気がした。
狙ったのは的だったけれど、その先までも、どこまでも、飛んでゆけると思った。

顧問であってもなくても、高耶は高耶だったのに…

もう一度、いや、この先ずっと、この人と一緒に弓を引きたいと、直江は心から願った。
弓だけじゃない。
高耶が見ていたのは、弓だけではなかったのだ。

「高耶さん…あの賭けは、あと2日で終わる。きっとあなたの勝ちだ。
 でもこれから俺が練習するのは、賭けに負けたからじゃない。
 あなたの横で弓を引きたい…月まで届くような弓を、あなたと引きたいからです。」

あんな賭けを仕掛けて、裏工作までした事を、懺悔して謝りたかった。
でも、この気持ちは信じて欲しい。
直江は高耶の手を握ると、じっと見つめて唇を噛んだ。

許してほしい…
信じてほしい…
欲しがるばかりの自分が、たまらなく未熟に思えた。
でも…それでも欲しいと思う気持ちを、どうすればいいのだろう?

「俺も…おまえと引きたい」

小さな声で呟いて、高耶は直江の唇に、握られたままの右手を押し当てた。
あの夜の、忘れられない感触が、一気に蘇って息が止まる。
抑えきれない欲望に目が眩みそうで、直江は動けなくなってしまった。

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