『月を射る』−11

 
 

「巫女さんって年中あの恰好だろ? 寒くないのかなぁ?」
「そりゃ寒いだろうよ。こっちは人だらけで、あんま寒くないけど、舞台は寒そうじゃん。」
「先生も…きっと寒いよな? 大丈夫かな。なんか俺…ああ〜早く始まって終わってくれ〜!」
「バカ。始まってすぐに終わってどうすんだよ。俺はキッチリ見たいんだ!」
「俺だって! けど…うう…緊張で腹が痛くなってきた…」

最前列に並んだ8人は、『光陰』の人達や観客に囲まれて、始めは神妙な顔で高耶の出番を待っていたが、だんだん雰囲気に慣れてくると、すっかりいつもの調子だ。
さすがに声は小さく抑えているものの、会話は周囲に筒抜けで、微笑ましい師弟愛(?)に、クスクス和やかな笑いが広がる。
やがてシャンシャンと鈴の音を残して二人の巫女が舞台を降りると、入れ替わりに大弓を持った高耶が壇上に上がった。

おお〜っという歓声と拍手に迎えられ、正面に一礼した高耶は、白い和服に白袴を穿き、右手には鹿皮の弓掛を付けている。
目付きの鋭さを隠す為の眼鏡を外しているので、高耶が顔を上げると、部員たちをはじめ周囲の人々は皆、呆然とした顔で見惚れてしまった。

強い輝きを放つ瞳。凛々しく整った顔立ち。
スッと左肩を脱いで、足踏みに入ると、それだけでホォと溜息が漏れる。
凛とした姿は、その場にいる全員が、思わず見惚れるほど美しかった。

だが、高耶が弓を構えると、境内は一瞬にして静まりかえった。
全員が息を詰めて、高耶の動きを見つめている。
キリリと引き絞られた弦から、シュッと矢が放たれた瞬間、直江は空気が澄んでゆくのを感じた。

スパーンと綺麗な音を立て、一本目が的を射抜いた。
神社を包むように立っている木々から、清々しい香気が漂う。
いつのまにか、直江の瞳に涙が湧いていた。

あの人と、弓を引きたい。
こんなハンパな自分ではなくて、あの人がいう「本物」の自分が、この身体の中から引き出せるなら、何でもする。
もう一度、やり直せるなら…
でも、もう戻れない。
あの人が俺のことを許してくれても、俺は…忘れられない…

弓だけじゃない。
この気持ちは、もう弓を引くだけでは終われない…

直江は涙を溜めたまま、瞬きもせず高耶を見つめていた。

 

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