タイガースアイ『胎動』−1

 
「なんでだよ!」
譲が声を荒げて叫んだ。こんなことは滅多にない。
いつもぽやんとしている譲が、大きな目に涙を滲ませて怒っていた。
「用事って、直江先生のとこに泊ることだったのかよ? そんなこと言ってなかったじゃないか!
 なんで…なんで直江先生なんだ! 高耶のばか! ばかやろう!」
携帯をベッドに投げつけると、その横にうつ伏せに寝転がった。
「譲…悪かった。」
高耶の声が聞こえる。悲しそうな声が、「ごめん」と消えるように呟いて途切れた。
しばらくして「ツー・・ツー・・」と鳴り始めた携帯を手にとって電話を切ると、待ち受けにしている格ゲーのキャラが現れた。
先週の日曜は、二人でこのゲームをしていた。
あんときは俺が勝って、あいつ悔しがって次は負けないって喚いてたっけ。
ふふっと笑うと、目尻からぽつりと涙がこぼれた。

昨夜、やっぱり一緒に勉強したくて電話をかけたら、妹の美弥ちゃんから信じられない答えが返ってきた。
『お兄ちゃん、今日は帰れないって。直江先生のおうちに泊るってさっき電話があったの。』
ええっ!嘘だろ…と言いかけて言葉を呑みこんだ。
礼を言って電話を切った後も、しばらく茫然としてしまった。
千秋に聞いても、初耳だという。
なぜ?どうして?一体何がどうなってるんだ! わけがわからないまま一晩を過ごした。
やっと高耶が帰ってきて電話をくれたとたん、悲しくて腹が立ってたまらなくなった。
どうして直江んちに泊る事になったのかは知らない。
でも、少なくとも俺の誘いを断わった時は、そんな予定はなかったはずだ。
きっと何かどうしようもないことが起きたんだ。
そう思ってたのに。あいつは言い訳もしなかった。
高耶は、自分の意思で直江んとこに行ったんだ。
頼まれてしかたなくとかじゃなくて、行きたいって思ったんだ。
譲は携帯を閉じて脇に置くと、枕に顔を埋めた。
(おまえは俺より直江のほうがいいの? 教えてよ、高耶…!)

受話器を置いた高耶は、ふうっと溜息をついた。
「ごめん…。」それしか言えなかった。
元から直江と約束してたのなら、譲は怒らなかっただろう。
そうじゃないってわかってるから、あんなに怒った。
譲はきっと気付いてたんだ。本当は用事なんて無かったのだと。
泊るつもりなんてなかった。だけどそんなことは言い訳にもならない。
あのとき、直江の車に乗ると決めた時点で、譲が怒るのも当然なことをしたんだ。俺は。
「なんでだよ!」
譲の声が耳に残っている。
なんで…? 本当に、なぜなんだろう。俺にもわからねえよ…譲…。

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