タイガースアイ『前進』−5

 
追わずにいられなかった。ただそれだけだったのだ。
初めて会ったときから、ずっと惹かれていた。気になってしかたがなかった。
彼を知りたくてなにか仕掛ける毎に、示される反応のひとつひとつが、思いがけないほど刺激的で、
直江の心に今まで気付きもしなかった感情を目覚めさせた。
なんという瞳だろう。目が合うだけでぞくぞくする。
粗野な態度の裏に隠された優しさを、理不尽な仕打ちに対する怒りを、
なにより自分には向けられた事の無い暖かい笑顔を、もっと見たいと思った。まだ誰も知らない彼までも。
いっそ離れていかないように抱きしめてしまいたくなる。
目の前の高耶は、ほんの少し手を伸ばすだけで、簡単に腕の中に捕まえられそうに思えた。
でも、それはとても危険な誘惑だ。
手を伸ばしてはいけない。直江は自分に言い聞かせた。
教師だからではなく、男同士だからでもなく。
もし誘惑に負けて抱きしめてしまったら、俺はきっと彼を傷つける。
自由を奪って縛り付ける。俺だけのものでいて欲しくなる。
だがそうしたら彼はもう二度と、あの瞳で俺を見てくれなくなるに違いなかった。
彼にこの思いを理解しろと言うほうが無理なのだ。
歯止めが利かなくなる予感が、直江を押し留めていた。
その切なさが創り出す瞳の誘惑が、どれほど高耶の心を揺さぶっているかも知らずに。

「そんな言葉じゃ、車に乗ってやらない。」
直江のコートをはおったまま、高耶が数歩先に行ってから振り向いた。
まるで捕まえてみろと誘っているようで、直江は目をみはった。
高耶は直江の思いなど知らない。
今自分がしていることが、どういう意味をもっているのか何もわかっていない。
それでも、瞳の中に揺れている光が、あらがえない魅力で直江を捉えて引寄せる。
その瞳をまっすぐ見つめて、直江は一歩進んで手を伸ばした。
「あなたと一緒に行きたいところがあるんです。でもあなたが車に乗ってくれないなら、諦めるしかない。
どうです、行ってみませんか? それとも怖い? 高耶さん。」
そんなふうに言われたら、怖くても怖いなんて言えやしない。
「やっぱお前、やな奴だ。」
しばらくためらっていた高耶は、やがて直江の手をとると、そう言って笑った。
「初めて笑ってくれましたね。」
「そうか? そう・・かな。お前がいっつもむかつくことばっかすっからだろ。」
軽く睨んで笑った高耶は、今も不自然に鳴る鼓動を、悟られないよう胸の奥に押し込めた。
本当はわけもなく不安だった。踏み出したら戻れない気がした。
けれど、嬉しそうな直江をみていると、それでもいいと思えてくる。
戻れなくてもかまわない。高耶はコートの衿を立てると、そっと顔を埋めた。

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