タイガースアイ『前進』−5

 
難しくて解けなかったのではない。
直江の作った問題は簡単なものばかりではなかったが、高耶なら答がわかるはずだった。
英語ではあっても、そこで問われているのは、ふたりで過ごした楽しい時間の記憶だったのだから。
だからこそ、高耶には解けなかった。
もちろん答はすぐにわかった。
けれど問題を解く毎に、蘇る記憶が心を強く揺らすのだ。
どうして美ヶ原に行きたかったのか。
なぜ高耶と一緒でなければならなかったのか。
語られなかった言葉が、英文の中に混じって隠されていた。
高耶の胸に、直江の顔が浮かんだ。名を呼ぶ声が、暖かい微笑が。あのまなざしが…。

本当は、ずっと消えてなどいなかった。おまえのことを考えたくなかっただけだ。
おまえは俺の体が欲しかったのか?
あの楽しかった金曜の夜も、おまえは俺をそんな風に見てたのか?
あんなキス…どこで憶えたんだよ。あんなの…今まで何度もやったんだって俺でもわかる。
俺のことも、やりたかっただけなのか。それだけだったのか…。
おまえのことを考えたら、そんなことが浮かんでしまう。
なんでこんなこと考えるんだ。なんでこんなに悲しくなるんだ。
こんな感情、捨ててしまいたい! そう思っていたのに。

途中から、問題を読むこともできなくなっていた。
苦しげに眉をよせて、両手を握り合わせると、ぎゅっと目を閉じた。
心を落ち着けて、高耶は次の問題に目をやった。

S『私はこの道が破滅に向かう道だと知っていた。それでも進まずにはいられなかった。』
T『私はあなたを求めている。もしかしたらあなたも私を求めているのではないだろうか。』
U『私はあなたを愛している。これからも私はあなたの傍にいたい。もう離さない。』
この中で、間違っている文を選びなさい。

「こんな問題、解けねえよ。」高耶は小さく呟いた。
この問いの答えはTだ。英文の一部が間違っていた。でも…。
その先を、高耶は解かなかった。
半分白紙のまま、時間終了前に答案を教壇に提出すると、高耶はカバンを持って教室を出た。
しばらく考えて、高耶は直江の家に向かった。

 
ピーンポーン。チャイムが鳴った。
誰だろう? セールスだったらお断りだと思いながら、直江はドアを覗いた。
「高耶さん!」
驚いてドアを開けると、制服を着たままの高耶が立っていた。
「どうしたんです? ここに来るなんて…。テストは?」
「テストを見たから来たんだ。」
高耶は、まっすぐ直江を見つめた。
切れ長の綺麗な澄んだ瞳が、目の前にあった。
その揺るぎ無いまなざしを、真摯な瞳で受けとめて、直江は高耶を部屋に招き入れた。

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