タイガースアイ『前進』−4

 
バンと車のドアを閉めると、高耶は一度も振りかえらずに家に帰った。
(これでいい。これであの人は元気を取り戻す。)
直江は心の中でそう呟いた。
高耶に言った言葉は、全て真実だった。
それでも、あんなことさえしなければ、これからもきっと一緒に過ごせただろう。
けれどいつかそう遠くないうちに、こんな日が来ていたに違いない。
それほどに高耶への思いは激しくなってしまっていた。

もう・・昨日のような楽しい日は来ない。
高耶の唇が、肌の感触が、甘い吐息が、生々しく蘇って直江は車を止めた。
ぐっと自分の体を抱きしめて、猛りが静まるのを待つ。
これから何度こんな時を過ごすのだろう。
一生?
そうかも知れない。もう他の人など愛せそうになかった。
「高耶さん。」
そっと名を呼んだ。
涙が溢れてとまらない。直江は独り涙を流し続けた。

 
月曜が来て、期末テストが始まった。
あれから怒りにまかせて、いつになく勉強などしてしまった高耶は、今までで一番良い点数をとっていた。
「一体どうなってんの? いや、もちろん高耶も、やればできるってことだけどさ。」
驚いているのは、譲だけではない。
「おまえ熱でもあんじゃねえの?明日もこうだったら、隕石でも落ちてくるかも。お〜怖。」
などと、千秋も半分茶化しながら心配している。
土曜の夜から、高耶は変だった。
いきなり勉強しようと言い出して、今まで一度もそんなわがままを言った事がなかったのに、
千秋の家に押しかけて譲と3人で勉強会をしたのだ。
結局そのまま泊って、日曜の夕方まで勉強会は続いた。

なんとなく独りになりたくなさそうな様子に、なにかあったのかと思いながら、高耶が何も言わないので訊けずにいた。
(何があったんだ? 直江んちに泊ったことと、なんか関係あるのか?)
そう思っても、直江の名前すら出せなかった。
この間まで、直江のことをあれだけ気にしていた高耶が、ただのひとことも言わないのだ。
やっぱなんかあったんだよな…。
譲も千秋も、わかっていながら訊けない。
高耶にこれだけの影響を与える直江が、羨ましい気がした。
 

テスト期間中、直江は高耶と顔を合さなかった。
担任でもないのだから不思議ではないが、心のどこかで気にしているのを、高耶は自覚していた。
最終日。この日最後のテスト、コンポジションの問題を作ったのは直江だった。
問題を一目見た瞬間、このテストが自分へのメッセージだとわかった。
高耶の名前など、どこにも出てこない。
きっとみんなは、茶目っ気を出した直江が、恋愛をテーマにして問題を作ったとしか思わないだろう。

美しい夕景。雄大に広がる空と山。蕎麦の味。珈琲の香り。枯葉を踏む足音。
そんな単語が随所に散らばり、全問を正解すると、アナグラムで「STILL I LOVE YOU 」と綴られるそのテストを、高耶は解く事ができなかった。

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