『千秋を追え!−3』

軽く言葉を交わしていても、千秋の歩く速度は変わらない。
「アイツらしいぜ。」
呟いて、高耶はクスッと笑いを漏らした。

千秋は誰にも従わない。
気まぐれだ、いいかげんだと言われても、自分の人生を思うままに生きて何が悪い?
とハッキリ言い切る男だ。

でも千秋の『思うまま』は、時々とても他人に優しい。
今だって、相手を無視しないで応えている。
多分アイツにとっては、これが普通で、だからおまえは優しいんだ、とか言ったら
胡散臭さそうな顔で俺を見るに決まってるけど…

スポーツ店の前で、千秋が足を止めた。
店に入ったら面倒だ。
慌ててカメラを構えてファインダーを覗く。
千秋の横顔がアップになった。

「よし!やったぜ!マトモな1枚。」
喜び勇んで、もう1枚…とファインダーの中を見つめる。
いつもとは違う千秋の顔が、そこにあった。

スッと通った鼻筋、薄くて形の良い唇、くっきりシャープな顎のライン…
カメラには、ちょっと見惚れるくらいハンサムな顔立ちが、アップで映し出されている。

だがそれだけなら、高耶にとっては見慣れた顔だ。
特に驚くほどの事じゃない。
なのに高耶は、カメラに映った千秋から、目が離せなくなっていた。

千秋は店の前で立ち止まったまま、誰かと話しているようだった。
穏やかに微笑み、優しい眼差しで耳を傾け、小さく首を振って、フッと笑って頷く。
その仕草が、表情が、なんだかとても大人びて見えた。

誰なんだろう?
千秋の恋人…なのか?

いつの間にか、高耶はカメラを下ろしていた。

恋人がいるなんて、聞いてなかった。
好きな人の話なんか、したこともなかった。
俺には何も…

もやもやと湧き上がる感情が、胸を塞いでいく。
全てを知りたいなんて、思ってない。
だけど…

千秋の前にいる人は、大学生かOLか、知的な印象の綺麗な女性だ。
どこかで会った気がして、高耶が記憶を辿っていると、不意に千秋がこっちを向いた。

「仰木?」

驚いた顔の千秋と目が合ったとたん、高耶の足は踵を返して走り出していた。

2008年8月10日

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