ぶつかると思ったとたん、高耶は生徒を右に転がして覆い被さっていた。
その背中を掠めるようにして、スキーヤーが通り過ぎる。
間一髪、スキーヤーが上手く避けてくれたのだ。
ホッとして目を開けると、蒼白な顔をした誰かが、高耶を抱き起こして叱りつけた。
「あなたは何を考えているんだ! 体で庇うなんて…!
もう少しであなたまで大怪我をするところだったんですよ!」
誰?
なんで俺が怒鳴られるんだ?
「しょうがねえだろ。他に思いつかなかったんだよ!」
ムッとして言い返してから、ようやく高耶は、その男が『おまえ』だと気付いた。
ゴーグルが外れたせいで、直に見交わす瞳が心の揺れを伝えてくる。
だが心配してくれたのだと気付いた時には既に遅く、高耶は気まずい思いに唇を噛んだ。
「ごめんなさい」と「ありがとう」を素直に言えればいいのに、そのタイミングが掴めない。
何も言えないでいるうちに、やっと立ち上がった生徒が、泣きそうな顔で頭を下げた。
「仰木先生ごめんなさい。私リフト間違えて乗っちゃって… あの…」
「バカ。そんな時は、またリフトに乗って降りるんだ。
絶対に無理するな。雪山は怖いんだ。
下手したら遭難とか、怪我でも命にかかわる場合もあるんだぞ!」
今後の為にも、ここできっちり言わなければ。と、厳しく言う高耶の横で、
「ええ。本当にその通りです。無理はいけませんよね、仰木先生。」
大きく頷いた男が、にこやかに微笑む。
暗にさっきの行動を指摘されて、高耶は思わず睨んでしまった。
「おまえ…」
「直江です。私の名前は直江信綱。
お二人とも怪我が無くて幸いでしたが、いつも大丈夫とは限りません。
どうか無茶をしないで下さい。」
そう言って、直江は高耶を見つめた。
人当たりの良い穏やかな微笑と、心に染みる温かい声。
けれどなによりも、そのまなざしに真心を感じて、高耶は直江の瞳を覗き込んだ。
瞳の奥にある、直江の真実に触れてみたくて…
みつめあう二人の横に、ぽつんと立っていた生徒が、
「あ、成田先生だ!」
と声を上げた。
「高耶! こんなとこで何やってんの? あれ?山田さん?」
何も知らない譲は、目を丸くして三人を眺めると、説明を求めるように高耶を見た。
「ん…いや、何って別に…。さっき山田が転んで…」
言いかけて高耶は直江に目をやった。
俺と直江は元々何の関係もない。ここで礼を言って別れるのが普通だろう。
だけど…
「悪りぃ。譲、山田を連れて降りてくれるか?」
「え?山田さんと二人で…ってこと? いいけど…高耶はどうすんのさ。」
なんとも歯切れの悪い口調の高耶と、どこかで見たような長身の男を不審そうに見ながら、
いかにも渋々といった表情で承知した譲は、
(後でじっくり聞かせてもらうからね!)
と目配せで高耶に告げると、直江に頭を下げて、山田という生徒を促した。
しばらくして、譲が直江のことを思い出した頃には、
もうとっぷりと日は落ちて、雪山は銀色に変わっていた。
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