自由な時間を楽しむように、高耶はゆるやかなカーブを描いて滑っていた。
板を通して感じる雪の固さが、滑ってゆく途中で様々に変化する。
夢中になって滑っていると、視界の端を見覚えのあるウェアが横切った。
「あいつだ!」
間違いない。
昼間の上手いスキーヤー。
あの滑りを、俺は見間違えたりしない。
高耶はグンとスピードを上げて、その姿を追った。
すぐに追いついたものの、名前も顔も知らない相手に、
声を掛けるなど出来るはずもなく、又そんな気もなかった。
ただその男の気配を感じながら、後ろに付いたり並んだり、時には前を滑ってみたり、
付かず離れず滑るだけで楽しくてならなかった。
滑り方やコースの取り方、走るスピードの強弱に、わくわくして胸が踊る。
こう走ったら、次はどうするだろう?
ここの景色が好きなんだけど、ちょっとゆっくり走らないかな?
などと考えながら滑っていると、予想もしない発見があったり、同じ発想に嬉しくなったり。
自分とは違う滑り、でも時に心が重なっているような錯覚に陥りそうな瞬間がある。
もっと滑ってみたい。
おまえなら、あのコースをどう滑るだろう?
おまえとなら、あの場所はどんな景色になるんだろう?
よく知っているはずの山が、今まで知らなかった表情をみせてくれる。
楽しくて心地良くて…
いつのまにか、高耶の中で見知らぬ男は『おまえ』になっていた。
追い抜きを仕掛けてチラリと見上げると、その男が高耶を見つめて微笑んだ。
ゴーグルで瞳は見えなかったが、ちょっと驚くほどの端正な顔に、
(うわ。顔もイイってか?)
ほんの少し悔しい気分を感じながら、高耶は片方のストックを上げて笑顔を返した。
錯覚じゃなくて、本当に心が重なった気がした。
大きな雪の吹き溜まりを避けて木の間を抜けた時、高耶は少し先に見えた人影に息を呑んだ。
昼間の生徒が一人、たどたどしい動きでヨタヨタと滑っている。
どうしてこんなところに? と思う間もなく、彼女はベチャッと前のめりに転んでしまった。
「バカ! そんなとこに居ちゃダメだ!」
この辺りは視界が悪い。
にも関わらず、上級者ばかりの安心感から、飛ばすスキーヤーが多いのだ。
だが彼女では逃げるどころか、立ちあがる技術さえ怪しいものだった。
舌打ちして助けに行った高耶の目に、猛スピードで近づいてくるスキーヤーが見えた。
「危ない! 左に曲がれ!」
叫ぶ誰かの声が、間近に聞こえた。
小説のコーナーに戻る
TOPに戻る