「すみません。引き止めてしまいましたね。」
譲たちを見送って、直江は少しも悪いと思っていない顔で、そう言って微笑んだ。
「一人で滑りたかったんじゃないのか?」
引き止めたのは俺の方だ。と思いながら、高耶は直江に問いかけた。
離れたくない。
ここに残った理由は、ただそれだけだった。
けれどそれで直江が無理をするなら…
そんな高耶の不安を拭うように、直江のクスクス笑う声が聞こえた。
「一人で滑っていた時に、あんな誘いをかけてきた人が、今頃それを言いますか。
ダメですよ。もう逃がしません。一緒に滑ってもらいますからね。」
「誘いって…んなことしちゃいねえ…ってことはないかもしんねえけど、
お前が言うとなんか違う意味に聞こえる…っ!」
恥ずかしさと嬉しさと、わけのわからない奇妙な動悸に、
頭の中がごちゃごちゃになって、またしても高耶は直江を睨んでしまった。
睨む瞳が、まるで星のようだと思った。
ただの口説き文句が、本物の意味を持ってここにある。
一緒に滑った僅かな時間、直江は今まで感じたことの無いような気分を味わっていた。
目が離せない。
彼が目の前にいなくても、その気配を追わずにいられなかった。
振り向いた笑顔に、心が蕩けそうな気がした。
あの時。
ぶつかると思った瞬間、心臓が凍りついた。
でも今ここに、あなたがいる。
強い輝きを放つ、生きた星を瞳に宿して
知るほどに惹かれていく。
離れたくない。ただずっと見ていたい。
怒る顔も、戸惑う表情も、少し乱暴な口調で隠した優しさも…
「直江、月が出てる。」
前を滑る高耶が、立ち止まってゴーグルを外した。
指差す先を見上げると、藍色の空に白い月が見えた。
「綺麗な半月ですね。冬は空が澄んでいるから、月も星も輝きが違うようだ。」
それでもナイターの光が強いと、星は見えない。
ここだからこそ、見える景色なのかもしれなかった。
「ここに来て良かった。」
直江の言葉に、高耶は嬉しそうに頷いた。
その顔を見つめて微笑んだ直江は、スキーを外して高耶の傍らに立った。
「あなたに会えたから…と言ってはいけませんか?」
真摯なまなざしが、心を甘く呪縛する。
そっと伸ばされた直江の手を、高耶は拒まなかった。
白金の月に照らされて、重なった二人のシルエットは、銀の雪にコバルトの影を落としていた。
2007年1月31日
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