『銀の夜 白金の月』

眩しいほどの日光が、真っ白な雪に乱反射して目を射る。
暖冬で雪の少なかったスキー場にも、昨夜からの寒波が新しい雪を積もらせ、
ゲレンデは多くの客で賑わっていた。
その中でも、とびきり美しいシュプールを描いて滑ってきた男に、
リフト待ちの列からホゥと溜息まじりの歓声が上がった。

「やるじゃん、あいつ。」
「うん。俺達よりずっと上手いよね。フォーム完璧。」
小さく呟いた言葉に、屈託のない明るい声が帰ってきて、高耶は思わず譲の顔を眺めた。
「おまえな、俺達はインストラクターなんだぞ。んなこと思っても言わねえの!」
「あ! そうだった。忘れてたよ〜。でもさ、それって高耶も思ったってことだよね?」
エヘヘと頭を掻きながら、にっこり笑う譲の澄んだ瞳に見つめられて、
高耶は困った顔で目を逸らした。

そう。本当は譲が言った以上に、高耶はあの男の滑りに感心していた。
新雪の難しい雪質を、楽しむように滑っていた綺麗なフォームが、目に焼き付いて離れない。
同じスキー場にいるのだ。もしどこかで会えたら…

一緒に滑ってみたい。

ふっと湧きあがった感情は、願いと呼べるほど強くはなかったけれど、
それでも不思議な熱が胸の奥に残って消えなかった。

ゲレンデに目をやる高耶の横顔を、譲は大きな瞳で訝しそうに見つめて首を傾げた。
(スキーが上手い人なんて今までだって何人もいたのに、いったいどこが違うんだろう?)
高耶が人に興味を持つのは珍しい。
まして譲の視線から逃げるなど、よほど心が動いたしるしだ。

「けっこう言いたいこと言ってるくせに、こんな時は何も言わないんだからな」
ズルイよ。と唇を尖らせた譲に、
「なに言ってんだ。これが社会常識ってもんなの。プロ意識の違いだな。」
高耶はニッと笑って偉そうにエヘンと胸を張って見せると、
「おーい。リフトから降りても勝手に滑るんじゃねえぞ。俺が行くまで待ってろよ!」
大きな声で、順番が近づいた生徒に声を掛けた。
「よく言うよ。その喋り方のどこが社会常識なのさ」
プッと吹き出して、譲もリフトの乗り降りを優しく教え始めた。

 

 

初心者コースの授業が終わって、自由時間になった二人は上級者が滑るゲレンデに上った。
「やっほーぃ。やっと自由に滑れる!」
バンザイをして嬉しそうに笑う高耶を見ながら、譲は山の空気を胸いっぱいに吸込んだ。
もう夕刻に近い。
暮れかけた空の端が茜色に染まり始めて、白い雪が金色に光ってみえる。

「これ1回滑ったら、夕飯を食べに帰るだろ? 後でナイター滑る?」
問いかけようとした譲の横に、もう高耶はいなかった。
「なんだよ〜。一緒に滑ろうと思ったのに!」
ずっと下を滑っていく姿を追いかけて、譲は一直線にゲレンデを滑り降りた。

 

 

■続き

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