注ぎ込まれる想いを、もっと深いところまで感じたくて、直江は無心に舌を絡めて吸い上げた。
いつもなら、とっくに離れようともがく体も、今は腕の中で力を抜いてくれている。
「おまえなら、いいんだ。」
そう言ってくれたのは、松本から帰るときだった。
激しい感情の波に囚われて、動けなくなってしまった心を、何も否定しないで、ただ抱きしめてくれた。
信頼を裏切ったはずの俺を、揺るがない眼差しで見つめてくれるあなたは、けして傷つくことを恐れていないわけじゃない。
「それでもいい」
と、あなたは言う。
同情でも慰めでもなく、
それがおまえなのだろう?
と、問いかける。
だから傷ついてもかまわないと…
深い闇の底までが、その光を求めて震える。
そうして気付くのだ。
この人に敵うはずがないのだと。
あなたの全てに惹かれる…
あなたと同じ場所に立ちたい。
そう願うのは、あなたをもっと知りたいからだ。
どこまでいっても、知り尽くすことなど出来ない。
同じものになれるはずもない。
そうわかっているのに、俺の全てがあなたを求めてやまない。
どうすれば、この飢えが止まるのだろう?
腕に抱いていてさえ、もっと…と望んでしまうのに…
ゆっくりと離れていく唇を追いかけたい衝動に駆られ、直江は高耶の体を強く抱きしめた。
「ン…苦し…」
小さな呻き声が耳をよぎる。
けれど直江には、そこで止める余裕が無かった。
抱きすくめた体を逃がさないようにしながら、頬に、耳に、熱い唇を這わせていく。
「ば…かやろ…ぁ…ッ!!!」
首筋から鎖骨にまで下がったくちづけに、高耶はたまらず直江を引き剥がした。
赤く染まった頬。
息を弾ませながら睨みつける、潤んだ瞳。
直江は荒い呼吸のまま、食い入るように高耶を見つめた。
「どうしてあなたは…
あなたはいつも、そうやって俺の腕から抜けていってしまう…
俺が自分の小さな世界で、あなたを守ろうとしている間に、あなたは俺の手の届かないところに行ってしまう!
俺は…
あなたは俺に守られることなんて望んじゃいない。
才能なんて…
俺はこんな小さなことで悩むような男でしかないんです!!
あなたはとっくに、この世界から飛び出しているのに…
あなたを閉じ込めてしまいたい…
俺の腕の中で、もうどこにも行けないようにしてしまいたい…」
声になっているのかいないのか、それさえわからなかった。
聞かせたくない言葉が、こらえきれずに吐き出されてしまう。
まるで心が堰をきって溢れるような激情の波に、直江はただ高耶を抱きしめることしかできなかった。
ギュッと抱きしめたまま、直江は俯いて高耶の肩に顔を埋めた。
感じるのは、彼の匂いと温もりと…
それだけでいい。
あなた以外の何もいらない。
何も感じたくない。
ポツリと一滴、雨の雫が高耶の顔に当たった。
直江がハッと顔を起こすと、高耶は直江の背中に腕を回して抱きしめた。
「小さな世界なんかじゃねえだろ。」
高耶の声が、薄いグレーに覆われた空の下で、しんと響いた。
「おまえが選んだ世界は、小さくなんてないはずだ。
そうだろう? 直江信綱。
俺が尊敬する直江信綱を、おまえは自分で否定するのか。
だったらあのとき、なんで俺のことなんか思ってないって言ったんだ。
あの演技は何だったんだ!
答えろ! 直江!!」
雨粒が当たらないように庇おうとする動きを許さず、高耶は直江の腕を掴んで見上げた。
「あのとき…演技だとわかってても耐えられなかった…
もうあんな思いは二度とごめんだ!
俺は…あんな演技なんかできねえ…
おまえは出来たじゃねえか。
それがおまえだ。直江信綱だ!! 違うか?!」
思いがけない言葉だった。
なにもかも受け入れて抱きしめてくれる高耶と、厳しく叱咤する高耶。
そのどちらもが、自分を心から思ってのことなのだと、直江は今更ながらに感じた。
心に雨の雫が落ちる。
けれどそこに光が宿っているのを、直江は確かに感じていた。
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