「手を離して下さい、高耶さん。このままではあなたが濡れてしまう。」
穏やかに微笑んだ直江の瞳を、高耶は不安いっぱいの瞳で見上げた。
「大丈夫。俺はもう無理に気持ちを抑えたりしません。」
そう言って、直江はまだ不安げな顔をしている高耶の唇に、自分の唇をそっと重ねた。
荒々しい心をぶつけたキスではない、心を伝える為のくちづけ。
それは優しくて甘い、それでいて強い意志が込められた、今の直江の眼差しと同じ温かいキスだった。
やがてチュッと小さな音をたてて唇が離れると、直江は力の抜けた高耶の手を自分の左胸に押し当てた。
ドッドッと、力強い鼓動が手のひらに響く。
速くて荒々しい心音は、穏やかな表情の奥にある直江の想いを告げていた。
「直江…おまえ…」
おまえはまた、俺の為に自分の心を抑えるのか?
俺はおまえにあんな悲しいこと、もう二度とさせたくない。
心を預ける幸福を、俺に教えてくれたのはおまえだろう?
なのにおまえは、俺に心を隠すのか?
泣きそうな顔で睨みつける高耶の瞳を、直江は正面から見つめ返した。
「これが俺です、高耶さん。
あなたを傷つけるとわかっていても、俺は自分のエゴを消せない…
でも俺には、何よりもあなたが大切なんです。
あなたがあなたであるように、俺にも譲れないものがある。
我慢なんかしていません。俺は俺のしたいことをしているだけです。」
そういうと、直江は有無を言わせず、高耶の体を包み込むようにして雨粒から庇った。
「馬鹿。わがままもの。おまえは俺の気持ちなんか全然わかってない。」
腕の中で文句を言いながら、耳まで赤くして俯いてしまった高耶を、直江は笑って抱きしめた。
直江の肩に、髪に、落ちた雨の雫が玉を創りだす。
ころんと零れたひとつぶを、青い竹の葉がさらりと受ける。
やがて覗いた雲間の光に、小さな粒がキラキラと虹のように輝いていた。
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