『魔法使いのピクニック‐9』

 

そんな高耶の危機を何一つ知らないまま、
直江はギルドの要請でガーディアンシティの美術館を訪れていた。

「館長、やはりこの『天使のいたずら』は偽物ですね。
 ギルドにメッセージが届いたのが2日前…
 その時には、もうすり替えられていたのでは?」

直江の言葉に、館長は汗を拭きながら、
「それが…わかりませんのです。今のも私共には本物に思えて…」
ひたすら恐縮している姿に、これで館長が務まるのかと、ため息が出そうになった。

最近あちこちの宝物や美術品が、すり替えられたと騒がれている。
だがその大半は、犯人から届いた犯行メッセージを見せるまで、
持ち主でさえ本物か偽物かわからない、精巧なイミテーションなのだ。

その度に呼び出される身としては、いっそメッセージを送らないで欲しい気分になる。
だがギルドにメッセージが来るということは、すなわち犯人からの挑戦だ。
秩序を守る為には、犯人を捕まえて、品物を取り戻さねばならない。

これほどのイミテーションを作り、本物と掏りかえることの出来る人物。
そして、こんなメッセージをギルドに送ってくるような、
ふざけた奴は、魔法界広しと言えど、たったひとりしか思いつかない。

犯人は、きっとアイツだ。
魔王と呼ばれる男…
あの男を捕らえるには、動かぬ証拠を掴むしかない。

どうすれば、それが出来るだろう?
直江は腕を組んで『天使のいたずら』を眺めた。

 

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魔王と呼ばれる男、いや、自らを魔王と名乗り、それを誰もが否定しないほどの
強い魔力を持つ男「ノブナガ」

彼がギルドに対立する組織のドン(首領)なのは、魔法界では子供でも知っている常識だ。
でも千秋は、ノブナガの組織−通称「闇市」−が嫌いでは無かった。
規則や手続きに縛られず、それなりの対価さえ払えば何でも出来る気楽さは、
ギルドの堅苦しさより性に合うと思った事もある。

だが、それでも所詮、組織は組織。
腐った連中もいれば、ギルドと同じような縦の力関係も存在する。
そして何よりも、ノブナガの意志が全てに優先するというやり方に、
千秋は闇市から離れることを選んだ。

「好きにすれば良い。今は…、な。」
そう言って軽く笑ったノブナガの顔を、思い出してゾクリと背中が寒くなった。
「どうしたんだ?」
問いかける高耶に、何でもないと首を振って、嫌な予感を追い払う。

大丈夫。
魔王の庭に侵入できる者がいるなんて、きっと誰も思わない。
そこが利点だ。
出口さえ見つかれば…

千秋は気持ちを鎮めると、目を閉じて空間の捻れを探った。

 
高耶と2匹の竜は、できるだけ静かに、おとなしくして…いるつもりが、
いつのまにかウトウトコックリ、遂には凭れあって幸せそうな顔をして眠っていた。

 夢の中で、千秋が何かを探している。
 何を…?
 そうか、出口だ。
 ここから出る方法…
 魔王の庭から出る方法は…

 
「ダメだ!見つからない」
千秋の声に、オパールと銀星は驚いて目を覚ました。

うっかり寝てしまった気恥ずかしさも罪悪感も、その言葉が意味する事の重大さに、
全て頭から吹っ飛んでしまう。
それなのに、高耶は眠ったまま目を覚まさなかった。

不自然な眠り方が心配になって、舐めたり揺さぶったりする銀星を遮り、
千秋は覆い被さるようにして、高耶の顔を覗き込んだ。

「ちび虎!おい、戻れ!早く…戻って来い!捕まるんじゃねえっ」

確信は無い。
だが千秋は高耶が境界を越えて、ノブナガの館に入ろうとしている気がしてならなかった。
目の前で、高耶の輪郭が薄れてゆく。
高耶の肩を掴んだ手が、一緒に消えていくのを見て、千秋の疑念は確信に変わった。

「掴まれ!絶対こいつを離すんじゃねえぞ」
高耶と千秋の体を、竜達の尻尾と腕が絡まるようにして抱きかかえる。
ギャーと叫んだのは、オパールだったか銀星か…

2人と2匹が消えた後には、いつまでも木霊だけが響いていた。

 

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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