『魔法使いのピクニック‐10』

 

魔導士の加護で、空間移動が出来るようになった人間の話なんて、今まで聞いたことは無かった。
だが高耶に与えられたのは、大魔導士ケンシンの加護だ。
特別な力があっても、不思議じゃないのかもしれない。
でも…と千秋は、薄れそうになる意識を、なんとか保ちながら思った。

(この不安定な力の制御方法を、どうしてコイツに教えてないんだ!?)

無意識の時でも、ちゃんと守ってくれるのは良い。
だけどコイツが自分でも気付かずに、こういう危険なことをする可能性ってものも、考えておいて欲しかった。
もしもこのまま魔王の懐に飛び込んだら…

そうならないことを願いながら、千秋は最悪のケースを考えて、ギュッと高耶を抱きしめた。

守ってやる。俺が…!
たとえ相手がノブナガでも、予想していない出来事には、動きが鈍くなるはずだ。
先手必勝。
胸の奥で呪文を唱え、千秋は指先に魔力を込めた。

 

閉じた瞼に、見知らぬ部屋が見えてきた時、高耶は自分でも意外なほど落ち着いていた。

多分ここは魔王の寝室なのだろう。
窓のない部屋は、真ん中に大きな天蓋付きのベッドが置かれ、そこから洩れる淡い光が、ほのかに周囲を照らしている。
半分だけ巻き上げられた濃紺の天幕、豪奢な白いレースのカーテンを透かして、人影のようなシルエットが見えた。

探しても見つけられない出口なら、いっそ造った本人に開けさせればいい…
そんな短絡的な考えが、眠りかけた頭の中に浮かんだとき、高耶は無意識に魂を飛ばして魔王の足跡を辿っていた。

始まりは無意識でも、この感覚には馴染みがある。
初めての時とは違い、今の高耶なら、危ないと思えば、いつでも止められた。
それをここまで来てしまったのは、高耶がノブナガを知らなかったからだが、そのおかげで無事に辿り着けたとも言える。

恐怖も先入観も面識もない高耶は、シークレットガーデンに残された知らない魔法の軌跡を、無心に追うしかなかった。
そして、魔王の庭から無傷で出られるのは、風や雲のように、魔王を怖れない形の無いものだけだったのである。

 

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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