『魔法使いのピクニック‐8』

 

ここがどんなに気持ちの安らぐ場所でも、いつまでも留まっているわけにはいかない。
とんだハプニングで、すっかり予定が狂ったものの、 千秋は高耶に『魔法界の歩き方』を教えてやるという、当初の計画を忘れていなかった。

「さて、そろそろ行くか」
声を掛けて振り向くと、銀星がヒョイと尻尾の先で高耶を巻いて、器用に背中へ運んでいる。
思わず眺めた視線が、オパールとぶつかった。
なんだか言葉を交わさなくても、通じるものを感じてしまう。
千秋は肩を竦めて、受け取りやすく下げられた鎖を掴み、オパールの背に飛び乗った。

「行き先は、ギルドの中央会館。通称『パレス(宮殿)』の上空だ。
 いいか。間違っても100メートル以下に降りるんじゃねえぞ!
 ゆっくり旋回したら、すぐ舞い上がってガーディアンシティに飛べ。」

千秋の指示に、二匹の竜は同意の印に短く首を下げると、大きく翼を動かして空に舞い上がった。
スピードに乗ると、羽ばたくというより、空を泳いでいる感じに近い。
流れるような動きは、滑らかで乗っていて気持ちが良かった。

だがそんな時間は、ほんの束の間。
たった数分にも満たない間に、彼らは空の端に着いてしまったのだ。
本物の空に、端は無い。
どこまでも空を昇って行っても、その向こうには宇宙が広がっているだけで、
そこに目に見える境界線などあるはずがない。

なのに、彼らの前に広がっているのは、どう見ても空の端だった。
なんと言っても、ペタペタと手で触れるのだ。
しかも硬質ガラスのように、叩くとコンコン鳴るというオマケ付き。

「なんだコレ? バリア…? …もしかして俺たち、閉じ込められたのか?」
先に行けなくて動揺している竜を宥めながら、さすがに高耶も不安そうな顔で千秋を見る。
千秋は眉間に皺を寄せ、何度か手で確かめてから、
「いや。俺達は閉じ込められたんじゃない。初めから閉じられた空間に、入っちまったんだ。」
そういうと、竜たちに地上に降りるよう、合図を送った。

「やっぱりな…。ここはシークレットガーデン。…それもかなり特別な庭らしいぜ。」

 

シークレットガーデンとは、魔法使いの間でも上級以上の魔力を持つ者だけが作れる、どこからも進入不可能な空間を指す。
進入不可能といっても、作った本人を超える魔力を持っていれば、空間を壊して通ることは出来る。
だが壊せば必ず持ち主に知られてしまう。
それは絶対に避けたかった。

巷で賢者と呼ばれるほどの千秋でも、これほどの『秘密の庭』は見たことがない。
完全に経路を遮断していながら、雲も風も自然のままに流れている。
それでもきっと、外界からは中を覗き見ることも出来ないだろう。
ここの持ち主を頭に浮かべて、千秋は再び眉間に皺を寄せた。
「あいつがこの庭を? 似合わねえ…つか似合う気がするのが許せねえ…」

呟いて黙った千秋の横顔に、しばらくして高耶がポツリと訊ねた。
「嫌な奴なのか?」
「そう…だな。好き嫌いのレベルじゃなく、今は絶対に近づきたくない。
 気をつけろよ、ちび虎。ここは多分あいつの…魔王の庭だ。」

 

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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