『魔法使いのピクニック‐33』

 

それから数日後、高耶は一人で飛竜の谷に出掛けた。

あの日と同じように、口笛を吹いて飛竜を呼ぶ。
銀青は来てくれるだろうか?
俺を乗せて飛びたいと、今でも思ってくれるだろうか?

銀青…!

現れた飛竜は、高耶の前に舞い降りると、翼を畳んで静かに尻尾を前に出した。
銀色のウロコが、光を浴びて煌めく。
「クァ!」
尻尾の先をパタパタさせながら、銀青は高耶を見つめて短く鳴いた。

高耶が鎖を掴むと、銀青の尻尾がヒョイと体を押し上げてくれる。
大きく羽ばたいた翼の煽りで、ふわりと体が浮いた。

 

どこへ行くとも聞かないで、銀青は高耶を乗せて空を飛んでいた。
流れる雲より遥かに高く、谷のある荒野は瞬く間に視界から消え去っている。
「ヒャッホー!」
高らかな歓声を上げて、気持ち良さそうに笑う高耶と一緒に、銀青は大きく翼を広げて全身で空を感じた。

「銀青。ほら、おまえが映ってる。」
見下ろすと、大海原に落ちる影。
白い雲の上、どこかの街並み、濃い緑の山々、
高耶が指差す方を見れば、そこにあるのは見慣れたはずの自分の影だ。
なのに、まるで違うものを見ている気がする。
誇らしくて、嬉しくて、銀青は世界を初めて飛んだ竜のように、心地よい興奮を感じていた。

ひとしきり飛んで、お気に入りの場所に着くと、高耶を尻尾でくるんで休ませた。
平気そうだが、人の体は頑丈でないと知っている。無駄に振りまわして疲れさせたくなかった。
これからも、いつだって一緒に飛べるのだ。
労るように首や背を撫でてる高耶の手が、温かくて気持ちいい。
高耶の頬に顔を寄せて、銀青は幸せな気分で目を瞑った。

 

「キューィ」
近くでオパールの声がした。

顔を上げると、
「こら、ちび虎!俺に内緒で銀青と出掛けやがって、旦那がメチャクチャ探してたぞ。
 …ったく、てめえの旦那、人使い荒すぎだぜ。あの野郎タダで済むと思うなよ!」

いきなり怒声が落ちてきた。

「千秋!オパール!」
目を丸くする高耶の横で、前足で器用にポリッと頭を掻いた銀青が、尻尾をヒラヒラ振っている。
「銀青、おまえホントよく懐いたな。そんなにこいつが好きなの?」
わかっていて聞いた千秋は、すぐに尻尾でキュッと高耶を巻いた銀青に、ジロリと睨まれて笑いを堪えた。

銀青、ノブナガ、それに俺。
高耶にその気がなくても、これでは直江が心配するのも無理はない。
当の高耶は、相変わらず無自覚な瞳を輝かせ、何かを企む顔で、千秋を見つめた。

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