『魔法使いのピクニック‐32』

 

「ただいま帰りました。」
直江の声と同時に、高耶は玄関のドアをバッと開けた。
「直江!」
お帰りと言おうとして、声が出なくなった。
いくらなんでも、こんなに強く抱きしめられたら息が苦しい。
「高耶さん…会いたかった…」
出掛けて半日も経っていない男が、耳元で囁く言葉とは思えないが、
本当は高耶も同じ気持ちだった。
そっと直江の背中を抱いて、高耶は微笑んで目を瞑った。

「…ウオッホン!」
変な咳払いに、高耶は慌てて直江の背中を叩いた。
「ちょ…ッなお…離れ…」
腕がキツくて押し退けられない。
直江は聞こえていないのか、首筋に顔を埋めたままだ。
「直江!てめえ俺達がいるのわかってて、ンなことするか?この野郎いい加減にしろ!」
ボカッと鈍い音がして、直江は肩を竦めて高耶を離した。

「早いな。もう追いついたのか。」
しれっと言う直江に、千秋が呆れた顔で、腰に手を当ててふんぞり返った。
「あったりまえだ!てめえの箒なんぞに置いて行かれてたまるか!」
後ろで色部が笑いを噛み殺して、
「ええと、お邪魔してよろしいかな? お茶を一杯、頂けると有り難いんだが。」
「も、もちろんです! こんなヤツ蹴飛ばしときゃイイですからっ!」
高耶は怒りと羞恥で真っ赤になった顔で、直江を睨みつけた。

「まだ怒ってるんですか?」
食卓に皿を並べながら、直江がご機嫌を伺うように高耶を見る。
「怒らせることしたのは誰だ?自分の胸に聞いてみろ!」
つんと唇を尖らせて睨んでやると、直江は少し困った顔で微笑んだ。

もう怒っちゃいない。でも簡単に許したら調子に乗る。
そんな気持ちを知っているのか、直江は胸に手を当てて高耶を見ると、
「ごめんなさい」と声に出さずに呟いた。
これじゃ怒るに怒れない。
「よし!みんなを呼んでくれ。」
用意した鍋を運んで、高耶は笑って直江に声を掛けた。

「これは美味い! 君は本当に料理上手だね、高耶くん。」
つみれを頬ばった色部が、ジュワッと口に広がる旨みを味わって、幸せそうに目を細めた。
美味しい料理と旨い酒。これぞ人生の楽しみだ!と言いながら、どんどん杯を傾ける。
「呑みすぎるなよ、とっつぁん。」
そういう千秋も、負けないくらいに呑んでいる。
直江も強いが、この二人ときたら酒豪もいいところだ。
「初対面だから迷ったけど、ちゃんこ鍋にして正解だったな。」
嬉しそうに笑って、高耶も頃合いに煮えた葱と白菜を口に放り込み、なみなみと注がれた杯を飲み干した。

直江の為に出来ること。
それを考えあぐねた末に、高耶が思いついたのは、正月に直江が訪ねた色部という人物のことだった。
直に会って話したことは無いが、直江のことを大事に思ってくれているのは知っている。
あのとき色部と直江の様子を見ていて、高耶はすごく安心したのだ。
彼の家なら、魂を飛ばして行ける。
無意識にしたことでも、脳内には記憶が残っているはず。それを辿れば…

実際に魂を飛ばして話してみると、色部は高耶の思った以上の人だった。
いきなりの訪問に驚いた顔はしたものの、すぐに千秋と連絡を取り、
直江のことは心配するなと微笑んでくれた。
不安に揺れる心を、ゆったりと包み込むような温かな笑顔に、高耶は頷いて頭を下げた。

 

 

絵が無事に戻ったこと、直江は責任を問われるどころか感謝されていること、
それがわかって、高耶は心底ホッとした。
高耶の笑顔に、色部と千秋そして直江も、喜びの笑顔で応えたのだった。

 
「さて、これで何も心配なしだ。…ってことで、また行くだろ?ちび虎。」

千秋が手を伸ばして、高耶の杯に酒を注いだ。
ピクリと直江の眉が上がる。
高耶は笑って首を傾げた。

ホカホカと鍋から湯気が立ちのぼる。
「ほら、煮えてるぞ。」
千秋と直江の皿に、高耶は美味しそうな肉や野菜を、手際よく入れて杯を空けた。

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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