『魔法使いのピクニック‐34』

 

それから更に数日後、直江を連れ出した高耶は、谷で銀青を呼んだ。
銀青には先に話して了解を貰っている。
今日はオパールと千秋も一緒だ。

「普通は昼間に行くもんだけど、魔法使いのピクニックだから夜でも良いよな?」
ニッと笑う高耶に、直江が驚いて顔色を変えた。

「このメンバー全員で?騙したんですね!高耶さん!」
詰め寄られても、高耶は肩を竦めただけで、
「俺は飛べるか?って訊いたんだ。おまえは出来るって言った。そうだろ?直江。」
涼しい顔で微笑んでいる。直江は深い溜め息を吐いた。

魔法のマントを広げても、飛竜を隠すなんて出来ない。しかも2匹も。
だが約束は約束だ。
直江は全員に軽い目眩ましの魔法を掛け、人間界へ飛んでいた。

 

高耶が目指したのは、名も知らぬ山の上だった。
観光の名所でも何でもない場所。そこから見えるのは、美しい星空と遠くに煌めく街の灯り。
見下ろせば黒々とした森が麓まで続いている。
その山の頂きが少し広い高原になっていて、銀青やオパールが降りるのに良い感じだと思った。

探せば日本中どこにでも有りそうな風景だ。
けれど、そこに着くまでの景色も、この山に咲いている花も、魔法界ではきっと見られない。

漁り火が灯る舟や、石油タンカーが浮かぶ海。
飛行場も発電所も工場も、建ち並ぶビルや団地、古びたアパート、地面を這う車の波、光る水田、ビニールハウス…
何もかもが、高耶にとっては当たり前でも、銀青やオパールには初めて見る景色なのだ。

魔法を使えない人間が作り上げた景色は、愛おしくてせつない。
作っては壊れる砂の城のようだ。

そう言ったのは誰だったろう。
あのとき、その言葉を引用した直江は、
「それでも人は作り続ける。それこそが人の持つ魔法の力だと、私は思っています。」
「魔法?じゃあ人間も魔法使いなのか?」
皮肉った高耶に、
「ええ。少なくとも、あなたは恋の魔法が使える。最強の魔法使いだ…」
微笑んで甘いキスを仕掛けた。

どこまで本気で言ってるんだか、口説いてるだけじゃねえのか?
そう言いながら、でも直江の人間への思いは、嘘じゃないと信じられた。

移り変わりの激しい、儚くて頼りない世界。
この世界を、無条件で愛してるなんて、俺には言えない。

でも…

「この景色も、悪くねえだろ?」
山頂に腰を下ろし、高耶は笑って弁当を広げた。

銀青とオパールには特大のおにぎりだ。
ここに来るまでに、銀青は物珍しさで低く飛び過ぎて、もう少しで鉄塔を引っ掛けるところだったし、オパールは平静を装っていたものの、興奮気味で目が輝いている。

「ま、人間界でピクニックってのも良いな。」
頷いて千秋はパクッと玉子焼きを口に入れた。
何より、ここは魔王の庭じゃない。
満腹になったら、のんびり草の上に寝転んで、星空を眺めていよう。
「ここならいつでも出られるし…」
何気なく零れた言葉を、後悔しても遅かった。

「だろ?ここは魔王の庭じゃねえからな。出入り自由な俺たちの秘密の庭だ。」
高耶が嬉しそうに言った。

ヤバい!言っちまった!

焦る千秋の顔を見て、高耶もアッ!と気付いたが、口に出した言葉は戻せない。
直江の鋭い視線が、高耶から千秋、銀青、オパールと、ゆっくり回って高耶に止まった。

「魔王の庭…?今の話、じっくり聞かせて貰いましょうか、高耶さん。」

静かな口調が、かえって怖い。
直江の怒りがヒシヒシと伝わってくるようで、高耶はとうとう観念して口を開いた。

銀青から落ちかけた事(実際は落ちたのだが)、気がついたら魔王の庭にいた事、魔王に暗示をかけようとして反対に捕まってしまった事…暗示の話は千秋も初耳で、よくぞ無事だったと改めて思ったものだ。

だが全てを知った直江は、深い深い溜め息を吐くと、高耶を抱き締めて、
「ひとつだけ約束して…お願いだから…どこにいても、どんな時でも、俺がいることを忘れないと…必ず俺を呼ぶと、約束しなさい。」

震える声を、搾り出すようにして囁いた。

「直江…。約束する。忘れたりしない。いつだって、俺は必ずおまえを呼ぶから…」

泣いているのかと思った。
直江は暫く目を閉じて、そのまま高耶を抱いていたが、やがて顔を上げると、瞳の奥を探るように見つめて微笑んだ。

「あなたを信じるかどうかは、帰ってから決めます。せっかくのピクニックだ。楽しまないと!」

「帰ってからって…」
俺が信じられないのか?と怒るのは、さすがに今日は躊躇われて、高耶はちょっと傷ついた顔で、少し冷たい草の上に寝転がった。

「綺麗だな。」
隣に寝転んだ千秋が呟いた。
「ああ。」
高耶を挟んで反対側に腰を下ろした直江は、眼前に広がる景色を眺めている。

静かで優しい時間が、ゆっくりと夜に流れてゆく。

高耶はごろんと寝返りを打って目を瞑った。
どこか懐かしい草と土の匂いがした。

 

月が真上を過ぎる頃、魔法使いのピクニックは、楽しい時間に終わりを告げ、人間界を後にした。

直江が元から高耶を信じていたのは、言うまでもない。
ただ、この約束を本当に何があっても守って欲しかったのだ。
どれほど直江が困ることでも、例えば命が危なくても、それでも呼んで欲しい。

忘れないで…
どんな時でも、俺を呼ぶと約束したことを…

せつない願いを見守るように、月は静かに輝いていた。

      −−−−−完−−−−−−

   

2008年6月4日

書き始めてから、かれこれ一年くらい?(滝汗)
長い間おつきあい下さり、ありがとうございましたm(_ _)m 感謝!!!

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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