『魔法使いのピクニック‐29』

 

応接室で待っていたのは、なんと魔王その人だった。
その隣には、女神が優美な姿で浮かんでいる。
二枚の名画は机の上に並んでいたが、直江には絵の真贋を確かめる余裕は無かった。

驚愕と緊張で血の気が引いた。
言葉が出ない。
いや、息さえも出なかった。

このまま戦うことになれば、万に一つも勝ち目はない。
それでも直江は、杖の先に魔力を込め、魔王の視線を真っ向から受け止めた。

「座らぬのか?いつまでも呆けた顔で突っ立っていると『凄腕』の名が泣くぞ、ナオエ。」
フッと笑ったノブナガを、直江は苦々しい思いで見据えた。
「どういうつもりだ。ここで何を…!」

冗談ではない。
座って何を話せというのだ。
昨日の敵は、今日も敵のまま…いや昨日から本当の敵になったはずだ。

あの時も2年前のことを憶えていたノブナガに驚いたが、今は名前まで知った上で、明らかに自分を待っていたのだ。

何の為に?

緊張を解かない直江を目の端で見ながら、ノブナガはゆっくりと館長に微笑みかけた。

「不作法な奴だ。館長殿、気にせず座られよ。」
と鷹揚に椅子を示す。
どちらが客か、わからないような態度だが、館長は全く気にならない様子で、

「そういえば昨日も、直江さまは一度もお座りになりませんでした。
 何度かお勧めしたのですが、お茶もなさらず…
 その点あなたさまは、さすがご上司。ゆったりと落ち着いていらっしゃる。」

咎める視線で直江を見上げ、ニコニコと笑いながら腰掛ける姿に、ノブナガはククッと喉の奥で笑った。

誰が上司だ!
この男は、魔王ノブナガ。絵を盗んだ張本人なのだぞ!
そう叫びたくても、ノブナガの真意がわからぬ限り、よけいな行動は出来ない。

唇を噛む直江に、ひとしきり笑ったノブナガは、ようやく鋭い眼差しを向けた。

「アレはどうした?家にでも隠したか。」

ビリッと空気が震えた。抑えきれない殺気が、直江の体から溢れ出していた。

「おまえには関係ない。あの人に手を出すな!」

強い怒気に反応して、女神の周りで風が集まる。
不穏な気配が漂う中で、ノブナガは悠然とティーカップを傾けた。

「ふふ…やはりな。それほどに大事か。面白い。
 ならば、この美術館と引き換えに、アレを差し出せと言ったらどうする?」

直江の目が、大きく見開かれた。

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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