直江が目覚めた時、もう陽はすっかり高く上がっていた。
昨日の騒ぎが、闇市は勿論のこと、ギルドにも伝わっているのは確実で、
あの美術館の館長に謝るしかないと思うと、さすがに少し憂鬱な気分になる。
あの時は高耶が心配で、女神を叩き起こすのが精一杯だった。
それを後悔してはいないが、結果的に至宝の名画を両方とも魔王に渡すことになってしまった。
絵の本体を見つけるまでは、ノブナガと言えども、さぞ女神に手を焼いたことだろう。
それを思うと、直江の口元に小さな笑みが浮かんだ。
どんな魔法も攻撃も、あの女神には通用しない。だが本体の絵を壊されたら、彼女は消えてしまうのだ。
形は元に戻せても、そこに込められた絵師の想いは戻せない。
だから直江は、絵を守る為に、庇護の魔法と隠匿の魔法をかけて、中央階段の隙間に隠してきた。
だがそれもランマルやノブナガなら、本気で探せばすぐに見つける。
出来れば本物の秘宝として、大事に持っていてほしいが…
壊されても、文句は言えない。自分にそんな資格はない。
わかっていて絵を手放し、芸術家たちが丹精を込めた美しい壁を破った。
あの壁も、もう魔法で元に戻せないのに…
高耶を起こさないように、そっと起き上がった直江は、ローブを羽織ると静かにドアを開けた。
「ひとりで行くのか?」
ドアノブに手を掛けたまま、ピタリと直江の動きが止まった。
「ええ。本当はずっとあなたを抱いていたかったんですが…引き留めてくれるんですか?高耶さん」
僅かに振り向いた直江は、飛びきり甘い声で答えて、目で微笑んだ。
「ば…っ!ンなこと言ってんじゃねえ!」
真っ赤になった高耶が叫ぶ前に、直江はドアを閉めていた。
きっと直江は、昨日の後始末をしに行くのだ。
自分が行っても、仕方がないのはわかっている。
でも直江が悪いんじゃないって事を、どうにかして知らせたい。
どうすれば…
困った時には賢者さま。
だが高耶は、まだ千秋を呼ぶ方法を知らない。
いつもは別れる時に次の約束をするか、向こうが勝手に来るのだ。
「…ったく、どうすりゃいいんだよ!」
頭を抱えた高耶だったが、事態は意外な結末を迎えていたのである。
「帰ってきた?あの女神が、この絵を連れて戻ったと仰るんですか?」
美術館に着いた直江は、大喜びで走り出てきた館長の話に、開いた口が塞がらなかった。
まさか絵が戻ってくるとは思わなかった。
だがそれ以上に、館長の無邪気さに驚いたのだ。
館長の話では、朝ここに来ると廊下に女神が眠っていて、その横に「微睡む女神」と「天使のいたずら」の絵が並んでいたらしい。
普通なら、誰かが絵を返しにきたと考えるものだが、この館長は違った。
女神が自力で帰ってきたと思い込み、よくぞ戻って下さったと感激しているのだから驚きだ。
「それで、絵は今どこに?」
「こちらです。先程からギルドの方がお越しになって…」
ギルドから?
この件は直江の担当だ。自分より先に誰が…
違和感を覚えた直江は、魔法の杖をサッと手に出し、館長の背に隠れるようにして、応接室に入った。
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