『魔法使いのピクニック‐22』

 

崩壊してゆく屋敷の中に立ったまま、鷹のような鋭い目で、それぞれの顔を見据えながら、唇の端を少し上げて笑うノブナガは、どこか底知れない恐ろしさを感じさせる。
一気に高まった緊張感で、千秋の心の迷いは消し飛んでいた。

バカなことを考えてどうなる。
今は逃げるのが先だ。

「直江! オパール! 銀青!」

呼びかけて、逃げるタイミングを合わせようとした千秋の足を、ノブナガが発した黒い霧が縫い止めた。
「わかっていないようだな。逃げられぬと言ったはずだ。」
嫣然と微笑むノブナガを、ギッと高耶が睨みつける。
その瞳を、ノブナガは獲物を捕らえた獣のように、舌なめずりをしそうな顔で見つめている。
「わかっていないのは、おまえの方だ。」
声と同時に、シュッと音を立てて、直江の杖が魔王の視線を遮った。

千秋の足に絡んだ霧が、瞬く間に薄くなって消えてゆく。
「おのれ…っ!」
ノブナガの電撃が、直江の腕に当たって弾けた。

すかさず魔法で散らしても、あまりの衝撃に痺れが残る。
直江の眉間に、クッと皺が寄った。

「ギルドの犬が…。2年経っても懲りぬとみえる。」

僅かに目をみはった直江を眺めて、フッと笑ったノブナガは、緩やかに両手を広げると、壁のあった辺りに向けて魔力を注いだ。
みるみるうちに、消えた壁が再び築かれてゆく。
それは以前とは比べものにならないほどの、薄っべらい膜でしかなかったが、それでも外界との遮断効力は変わらない。
千秋と飛竜たちの顔に、なんともいえない苦渋の色が浮かんだ。

だが、直江は顔色ひとつ変えず、ノブナガを見つめている。
漣のような波動を感じて、千秋が後ろを振り向いたとき、築いたばかりの壁は、またしても泡のように音もなく消えてゆくところだった。

「そんなバカな…」
声に出して呟いたのはランマルだった。
怒りに青ざめたノブナガは、何も言わずに直江を凝視している。

「千秋!」
直江の一喝で、ハッと我に返った千秋が、残ろうとする高耶を羽交い絞めにして、後ろに飛んだ。
「直江! 嫌だ… 直江!」
喉が破れそうな声で、高耶が叫ぶ。
「銀青! こいつを早く!」
叫び続ける高耶を、強く腕に抱いた。

大丈夫だ。
直江は絶対に来る。
何があっても、おまえを追ってくるから!

そう繰り返しながら、千秋は自分でも驚くほどの強さで、それを確信していた。
あいつは来る。
おまえがいる限り、必ず!

千秋と高耶を乗せた銀青は、既に半壊している館の屋根をぶち抜いて、空高く舞い上がった。

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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