「魔法使いのピクニック−21」 ノブナガは、信じられないものを見るように、千秋の顔を眺めていた。
あの庭に入った?
存在さえ知られていないはずの庭に?
だが嘘だと一蹴することは出来なかった。
入ったのか?本当に…
いつのまにそんな力を持ったのか…
いや、それよりもあの庭に入ったこと、骨の髄まで後悔させてやらねば気がすまぬ。
ノブナガの目が、スッと細くなった。
千秋を見るまなざしに、狂暴な光が混じる。
来る!
身構えた千秋のすぐ後ろで、オパールが悲鳴を上げて、ひっくり返った。
ノブナガとランマルが、目を大きく見開いて硬直している。
何があったのかと、振り向きかけた千秋の頭上で、
「高耶さん!」
思っても見なかった男の声が響いた。
「なお…」
言葉を紡ごうとした口が、開いたまま固まった。
さっきまで壁だった場所が、シャボン玉のように淡く揺らいで消えてゆく。
いきなり開いた空間に、尻尾と片足を突っ込んだまま、伸びてしまったオパールの上から、箒に乗った直江が飛んでくるのが見えた。
だが、千秋が驚いたのは、その向こうに広がる光景だった。
恐ろしく不機嫌なオーラを発して、広いホールの中央に、ひとりの女性が浮かんでいる。
その体から出ている光に、あの見知らぬ波動と同じ力を感じた。
きっとあの力が、魔王の創った空間と、元の世界を繋げたのだろう。
壁が崩れ、直江も助けに来てくれた。
千秋の願った通り、あの力は天の助けとなったのだ。
だが…
彼女が周囲にあるものを、見境なく壊しているように見えるのは、気のせいだろうか?
あれでは助けというよりも、どっちに逃げても助からない…?
唖然とする千秋の前に降り立った直江は、
「大丈夫ですか?高耶さん」
と心配そうに声を掛け、二人を庇うように、魔王を見据えて前に出た。
「ちょ…待てよ!俺は無視か!
あれは何だ? お前、今の状況わかってんのか?
一体何を考えてるんだ!」
降りて来た途端、目も合わさずに、この態度。
高耶を心配するのはわかるが、こんな状況で一言の説明もなく前に出られて「はい、そうですか」と言えるかバカ!
相手は魔王なんだ。ひとりでカッコつけてる場合じゃねえだろ?
千秋は思わず直江の背中に怒鳴っていた。
「わかるはずが無いだろう!
おまえこそ、ピクニックが何故こんな事になっているんだ?
その手は何だ!」
肩越しに、抑えた声で低く叫んで、直江はギュッと唇を噛んだ。
わかっている。
千秋は高耶を守ってくれているだけなのだ。
なのに、なんという心の狭さだろう。
自分でも情けないと思う。
でも…
いつでも、どんな時でも、あなたを抱くのは俺だけだ!
そう叫びたくなる衝動を、抑えるのが精一杯だった。
心の余裕など、どこにもない。
どうして俺は…!
「手?」
ポカンと問い返した千秋は、自分がずっと高耶を抱いていることに気付いて、言葉を失った。
そうだった。
この温もりも、心地よい感触も、今だけのもの…
「違う!千秋は悪くないんだ。俺が…」
飛び出そうとする高耶を引き止める腕に、つい力が入った。
迷う千秋の肩先を、ランマルの魔弾が掠めて飛んだ。
「ここで痴話げんかとは…良い度胸だ。」
ノブナガが、声を上げて笑った。
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