『魔法使いのピクニック‐20』

 

魂が入ったばかりの体が、前のめりに崩れ落ちる。
待ち受けていたノブナガの腕が、しなやかな体を抱き止めようとした時、高耶の瞳がパッと開いた。

澄んだ黒い瞳が、魂の炎そのままに、ノブナガを見つめて燃え上がる。
誰の支配も許さない、誇り高い瞳。

あれを飼うのだ。
その炎が我が手に堕ちてどう変わるか…それともどこまでも変わらぬか…

ノブナガは、食い入るように高耶を見つめた。
一瞬の隙が生まれたのは、その時だった。
ふらふらになったランマルが、銀星に押し出されてノブナガの体にぶち当たる。
不意を突かれて、よろめいたノブナガの腕を掠めて、千秋が猛タックルで高耶を奪った。

こういう時、いっそ魔法より体を動かすほうが早いのは、数々の実戦で経験済みだ。
高耶を抱いて転がった千秋は、素早く体を起こすと、いつでも魔法を使えるよう、臨戦態勢をとっている。
怒りに顔を歪めたノブナガの視線が、足元のランマルに移った。

その冷たさに、なんとか失態を償おうと、急いで魔弾を撃ちかけたランマルは、
「撃つな! どうせ逃げられぬ。」
落ち着きを取り戻したノブナガの声に、手を止めて小さく息を吐いた。

そうだ。
ここは魔王が自ら作った特別な部屋。
許しを得たもの以外、出ることも入ることも出来ないのだ。

「残念だったね、長秀。いくら足掻いても、この部屋からは出られないよ。」
ランマルの勝ち誇った顔が憎らしい。
銀星が牙を剥き出してフーッと唸った。

 

千秋は高耶をしっかり抱いたまま、チラッとオパールを見上げる。
オパールは忌々しげに鼻を鳴らすと、尻尾の先でグイッと壁を押しやった。
壁の辺りが歪んで、すぐ元に戻る。
肩を竦めた千秋の目が、その壁を見つめてキラリと光った。

「なるほど、ここも別空間ってわけだ。
 相変わらずだな、ノブナガ。あんたは自分しか信じてない。
 シークレットガーデンだけじゃなく、館の中でも、ここまでしなけりゃ寝られないってか?
 どおりで騒いでても誰も来ないはずだぜ。」

そう言って、千秋はノブナガを真正面から見つめた。
ノブナガの眉がピクリと上がった。

「ここも…?どういうつもりだ、長秀。
 『連れ』と言ったな…。人間と飛竜を連れて、どこで何をしていた?」

鋭い目が、射抜くように千秋を見つめる。
「ピクニックだよ。コスモスの花畑で弁当を食ってたのさ。
 こいつとは、ちょっと理由ありの関係でね。秘密の場所が欲しかったんだ。
 内緒のつもりが、アンタに呼ばれて予定が狂った。
 悪いがそろそろ帰らせてもらうぜ。」

こう言えば、ノブナガは俺が勝手に秘密の庭に入ったと思うだろう。
それは即ち俺に空間を越える力がある事を示す。
ノブナガのことだ。
それを許せないと思うか、興味を持つか…
どちらにしても、ノブナガの注意は俺に向く。
それで時間を稼げるかもしれない。

今まで感じたことのない波動が、壁の向こうから近づいている。
あれが天の助けとなれば…

またしても、一か八かの賭けだった。
賢者にあるまじき行いだと思いながら、千秋は生まれて初めて、運を天に任せた。

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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