執事の後に続いてエントランスホールを出た直江は、ふと胸を掠めた気配に思わず足を止めた。
(高耶さん?)
こんなところに、いるはずがない。そう思いながら、なぜか胸が騒いだ。
赤い絨毯が敷かれた壮麗な中央階段の横で、何かを探すように階上を見回す直江を、執事は屋敷の美しさに驚いていると思ったらしい。
「見事でしょう。お屋敷の全ては、我が殿のお指図で、闇市の芸術家たちが腕を競って作り上げたものですよ。」
笑顔で声を掛けられ、直江はハッと執事に顔を向けた。
「ええ、本当に素晴らしい。つい見惚れてしまいました。」
照れ笑いを浮かべて、急いで執事のもとに駆け寄る。
そう、ここは魔王の館なのだ。
この老獪な執事は、こちらの素性を知りながら、わざと招き入れたのかもしれない。
闇市という言葉の裏に、ギルドのパレスとは違うだろうと言いたげな響きを感じて、直江は無理やり目の前の現実に意識を戻した。
だが、どれほど気持ちを集中しようとしても、嫌な胸騒ぎが収まらない。
湧き上がる不安は、時間が経つにつれて、益々大きくなってくる。
今すぐ高耶の顔が見たい。
せめて無事でいることだけでも確かめたい。
だが今ここで魔法を使うことは、敵の真っ只中で狙ってくれと叫ぶようなもの。
確信の持てない不安だけで、そんな暴挙に出るわけにはいかなかった。
あと少し…
この絵を解放するまで、もう少しだけ我慢すれば…
焼け付くような焦燥感を、にこやかな笑顔の下に押し隠し、金に困った絵画商のフリを続ける。
小部屋に案内された直江が、ようやく絵の包みを開けようとしたその瞬間、
ドーン!!!
雷が落ちたような大音声と共に、屋敷全体が大きく揺れた。
地震?
思ったのは束の間。
直江は半分開きかけた絵を掴み、高耶の気配を感じた中央階段に走り、ものすごい勢いで駆け上っていた。
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