この館に足を踏み入れたのは、初めてではない。
闇市が無視できない存在になってから、ギルドは何度もノブナガの館に、エージェントを送り込んでいた。
だが入れたのは直江を含め数人だけ。
それも館のほんの一部分まで入れただけだ。
忘れもしない。あれは3年前の事だった。
魔法学校を出たばかりの駆け出しでも入れる程度の、言わばギルドのエージェントを小馬鹿にした部屋に、次々と誘い込まれた挙げ句、危うくランマルの幻惑に捕まりかけた。
あの屈辱が無ければ、今の『ギルドの凄腕』と呼ばれるナオエは、いなかっただろう。
あれから、ここには来ていない。
闇市は大きくなり、今ではノブナガ自身が関係していると言えない事件も多くなった。
今回の依頼は、雪辱を晴らす千載一遇のチャンスかもしれない。
魔王の館の広いエントランスホールに立って、直江は美しい布に包まれた1枚の絵を、そっと見つめた。
「天使の悪戯」と対で描かれた本物の至宝。
もし直江の考えが正しければ、この絵は盗まれた絵を取り戻すだけでなく、魔王のプライベートルームの扉を開ける鍵になるはずだ。
そこに魔王がいたら…
直江の胸に、今朝の高耶が浮かんだ。
愛しい笑顔と優しいキス。
甘い唇の感触が蘇って、思わず頬が緩む。
「いい子で待ってろ」と言われたのに…
「すみません。早く片付けて帰りますから」
子供のような詫びの言葉に、決意を潜めて呟く。
必ず帰る。
そしてあなたを抱きしめる。
「どうぞ、こちらへ。
良い絵ならば、買って差し上げても宜しいですよ。」
執事の声に顔を上げた直江は、大事な絵をしっかりと腕に持ち直して微笑んだ。
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