ぐるっと部屋を見回して、高耶は難しい顔で再びベッドに目を向けた。
「やっぱ開けさせるしかねえみたいだな…」
千秋が会いたくないと言った相手だ。
高耶も出来れば会わずに出て行きたかった。
でも、こちら側に来てもやはり出入り口は見当たらない。
高耶は部屋の調度品で自分の体が物を突き抜けるのを確認すると、そっと魔王のベッドに近づいた。
千秋に魔法界の事を教わるうちに、高耶は爺ちゃんが教えてくれた『お呪い』を、幾つか思い出すようになっていた。
そのひとつが暗示だ。
長くは効かないが、魔王の庭を開ける時間くらいは保つだろう。
もし効かなかったら…
その時は自分を餌にして、庭に誘い込めばいい。
出口さえ開けば、あとは千秋がなんとかしてくれる。
高耶は静かに指を組んだ。
暗示のまじないは、対象と目を合わせる事で、効果を発揮する。
では魂だけの状態でも、相手と目を合わせるのは可能だろうか?
答えはイエスだ。
幽霊だって、見える人には見える。そして魔法界とは、幽霊たちが普通に闊歩している世界なのだ。
だから高耶は、魔王に自分の姿が見えると知っていながら、天蓋から下がった濃紺のたっぷりとした布を、スルリと突き抜けた。
背中まで伸びた赤い髪。
長身の逞しい裸体が、腰から下にふんわりとしたふとんを掛け、
露わになった上半身を少し起こしたまま、こちらに背中を向けて寝そべっている。
あの頭が、こっちを向いたら…
目を見つめれば、暗示のまじないは完了だ。
効くか否かは、その時にわかる。
息を詰めてベッドに身を乗り出し、魔王と対面しようとした瞬間、高耶はギクリと動きを止めた。
もうひとりいる!
どっちが魔王?
迷ったのは、ほんの一瞬。
だがその一瞬が、全てを決めた。
息もできない圧迫感から開放された時、高耶は既に魔王の腕に捉われていた。
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