『バレンタイン・ファントム』-2

 

「な…何を…」

直江は高耶より10センチほど背が高い。
その腕を脇の下に回され、肩の高さまで抱きあげられて、もがく間もなく視界が反転した。

「離せ!てめえッ!このバカ野郎」
暴れる足を抑え込み、直江は高耶を担いでベッドに運んでいった。

両肩をベッドに縫いとめ、間近に直江の顔が迫ってくる。
じっと高耶を見つめる瞳には、怖いような何かが宿っていた。

見つめ合ったまま、目が離せない。
なぜか心の奥が震えた。

体が熱くなる。

ドクン、ドクン

耳を打つ鼓動の向こうに、直江の声が聞こえた。

「高耶さん。
 私はあなたに、事実を事実として認めて欲しいんじゃない。
 あなたが認めなくても、事実は変わらない…いいえ、あなたが認めたくない事実なら、いっそ嘘にしてくれていい。
 私が信じて欲しかったのは…」

言葉を切って、直江は高耶の唇を塞ぐように口づけた。
輪郭をなぞり歯列を割って侵入しようとする舌に、ゾワリと妙な感覚が首筋を這う。
覆いかぶさった体の下で、敏感に反応し始めているものにうろたえて、高耶はギュッと目を瞑った。

肩を押さえつけていたはずの直江の手は、いつのまにかシャツをたくしあげ、
肌すれすれの微妙な距離を滑りながら、時折ピンポイントで弱いところに触れてくる。
「んん…ふ…」
堪えきれない喘ぎが漏れた。

そんな・・・
認めない。こんなの知らない。

否定する感情と裏腹に、体は勝手に更なる刺激を期待して、たかぶってゆく。
負けるものかと歯を食いしばる高耶の目尻を、そっと優しい指が撫でた。

「すみません。泣かせてしまいましたね。」

「泣いてねえッ!」

怒鳴りつけたものの、濡れた指で微笑まれては格好がつかない。
おまけに、
「でも、感じてくれていたでしょう?」
と言われ、高耶は真っ赤な顔で直江を睨みつけた。

「感じて下さい。もっと…」

直江の声が、真剣になった。

「あなたと私の真実を、あなた自身で確かめるんです。
私の真実は、ゆるぎなく私の中にある。 ならば、あなたの真実は、あなたの中にあるはずだ。
それを感じて下さい。
他の誰でもない、あなた自身の感覚こそが、本当のことを教えてくれる。
そう思いませんか?」

熱のこもった瞳だった。
そこには情欲だけではない何かが、ある気がした。
だから、つい頷いてしまったのかもしれない。

「オレが止めろって言ったら、ちゃんと止めるんだろうな。」

「ええ。あなたの意志に従いますよ。」

そう約束させて、高耶は直江の腕の中で、覚悟を決めて目を瞑ったのだが…

 

数十分後、高耶は激しく後悔していた。

「や…あッ…止め…ンン…この…止めろって…言ってん…」

直江の指が、くるくると小さな弧を描いて、つんと尖った赤い粒をいたぶる。
首筋から鎖骨へと降りてきた唇は、高耶の懇願など知らぬそぶりで、もう一方の粒へと甘い吐息を吹きかける。
ふるっと小さく震えた肩を、なだめるように抱きしめて、直江は滑らかな肌に舌を這わせた。

止めろと言っても止めない男に、

「サ…イアクだ…おまえ」

切れ切れに毒づく。

直江が、ふっと目をあげて微かに微笑んだ。

与えられるのは、紛れもない快感だ。
けれどそれが、前から知っていたものなのか、どうかなのか、確かめる術などない。
止めろと言いながら、続けて欲しいと願ってしまう。
それは直江だからなのか?

考えろ、思い出せ、感じるの意味が違うだろ!

そう自分を叱咤しても、直江の指を、唇を、温もりを、いつしか全身で追っている。

自分自身の感覚で確かめる…なんて、そんな余裕は最初から無かったのだ。
本気になった直江が、どんなものかを知らなかったとはいえ、
手始めだけで、あんなに感じてしまったものを、その先に進んでも良いなどと、
どうして思ってしまったのだろう。

止まらない。
息が上がって、苦しくて、

「あ…ああ、もう…ッ…なおえ!直…っ!」

真っ白になった瞬間、口走った名前は、忘れることなどなかったはずの、唯一人の男の名。

目を開けると、直江が泣きそうな顔でオレを見つめていた。

 
 

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