『バレンタイン・ファントム』-3

 

「…直江…」

その名を呼んで、手を伸ばす。
引き寄せた体を抱きしめて、自分から唇を重ねた。
舌を絡め、貪るように吸い上げる。
下腹に当る直江の熱を、明らかな自覚を持って、太ももで煽った。

「高耶さん…」

思い出したから
もう大丈夫だから

伝わってくる高耶の想いが、心を温かく満たしてゆく。
けれどもう、優しくするだけでは終われなかった。
それでなくても天井知らずの熱情を、なけなしの理性で抑えていたのだ。

甘やかな悲鳴
汗ばむ肌
苦しげな吐息も嬌声も
すべてが愛しくて、たまらない

腕の中で眠る高耶を抱きしめて、幸せそうに髪を撫でていた直江は、 ふと思いついて枕元のサイドテーブルに手を伸ばした。
引き出しを開け、中を探る。
思ったとおり、奥に入れておいたはずの箱が見当たらない。
直江は小さく嘆息すると、そっと高耶を見つめた。

「どうして食べたりしたんです…あれは私のだと言ったでしょう?」

箱の中身は、チョコレート。
だが普通のものではない。
一粒で記憶を曖昧にする秘薬が注入された、特別なチョコレートだったのである。
まさかそれを高耶が食べるとは、思ってもみなかった。
しかも直江という存在そのものを忘れてしまうほどの、強い作用があるとは…

スパイとして様々な人間と関わってきた。
今までの自分ならば、相手の記憶に残らず去れると喜んだろう。
だが今は…

喪うことが何より怖い。
あなただけは、たとえ何があっても…

知らぬ間に、抱く腕に力を込めていたのか、高耶が「んん…」と身じろいだ。
閉じた瞼がピクピクッと動き、やがて睫毛を震わせて、
気だるさを残す潤んだ瞳が、半開きのまま直江を見上げた。

「なおえ…」

呟くように名を呼んで、また目を閉じる。
そんな仕草が、たまらなく愛しい。
手に触れる安らかな寝息を感じながら、直江は高耶の髪に顔を埋めた。

 
 

                               ―fin―

 
 

もしも直江が食べていたら・・・やっぱり高耶さんの存在を忘れたんだろうか?
そしたら高耶さんは、どうしたんだろう?
本当は、このあと目が覚めた高耶さんが、直江に訊いてみる…っていうシーンを考えてたんだ。
直江が答える前に、高耶さんは、身勝手だと知りつつ、
「忘れるなんて…オレは許さねえからな。」って言うの。
「おまえは、これだけ食ってりゃいいんだ。」と、チョコをポイッと投げて寄こす。というのを考えてた(笑)

でも書きませんでした。やっぱ、これでいいかな(^^)と思って。

俺だけのファントム

ふふふ。
高耶さんがチョコを食べちゃったのは、あんま大事そうにするから、なんかムカついて、つい… だそうです。
直江には言わない。んだそうで(笑)
ふふ。直江が知ったら喜びそうだ(^^)

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

 

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