まもなく舟は砂浜に着いた。
わあっと寄って来た生徒たちを抑えて、真っ先に出迎えたのは校長だ。
「直江先生、ご苦労様でした。仰木君も疲れたろう。
とりあえず宿舎に戻って休みなさい。処分等々は後で話そう。」
「ありがとうございます。では後ほど」
直江が言葉少なに頭を下げる。
その後ろで、高耶はうなだれたまま、何も言わずに立っていた。
海の上ならまだしも、炎天下の砂浜である。
パーカーをきっちり着込んだ高耶は、強い日差しと熱い砂のダブルパンチで、
口を開くのも億劫な状態だったのだ。
(仰木も今回は、さすがに反省しているようですな。)
(いい経験になったかもしれませんねえ。)
二人が去った後で、校長たちがそんなことを囁きあっていたとも知らず、
高耶は直江に連れられ、やっとのことで宿舎に辿りついた。
部屋に入ったとたん、高耶はパーカーを脱いでバッタリと畳の上に倒れ込んだ。
「暑ちぃ〜…もう動けねえ…」
冷たい畳が気持ちいい。
ふうっと息を吐いて目を閉じると、いつのまにか眠ってしまっていた。
「あれ? 開いてる。…ったく無用心だな。 仰木ぃ、入るぞ〜」
千秋の声に、高耶はまだ半分眠ったまま、ぼんやりと体を起こした。
「寝てたのか? よっぽど疲れたみてえだな。」
肩を竦めて笑いながら、千秋は気遣わしげに高耶を眺めた。
顔色は悪くない。
蚊に刺されたのか、あちこち赤くなっているのが目に入って、
千秋はまたもや、高耶を島に行かせてしまったことを悔やんだ。
「あいつら…二人、逃がしちまった。」
「二人?ってことは、一人は捕まえたんだ。ハハハ。さすが千秋、やるじゃねえか。」
高耶は楽しそうに笑うと、照れくさそうに千秋を見あげた。
「悪かったな、心配かけて。なんか…思いっきり暴れたかったんだ。」
滅多に言わない素直な言葉に、思わず胸がじんとしてしまう。
「ば〜か。心配なんかするかよ。で、スッキリしたのか?」
軽く笑い飛ばして、ちょっとだけ胸の内を聞いてみる。
すると高耶は、思ったより真面目な顔で、
「いや、全然ダメだった。」
そう言って首を振ると、遠い目をして
「もうあんな馬鹿はしない。」とポツリと呟いた。
「その決心が続くことを願ってるぜ。」
その言葉をどういう気持ちで言ったのか、なんとなくわかる気がするから、
わざと混ぜっ返してポンポンと頭を叩いてやる。
胸の奥が、じわりと熱くて切なかった。
「風呂、今から入れっかな。」
「大丈夫じゃねえの。俺も入るから一緒に行こうぜ。」
そう言って、何気なしに千秋の指先がスッと背中に触れたとたん、
「ひぁっ…!」
ひくんと体を震わせて、高耶が素っ頓狂な声をあげた。
驚いて指が触れた場所を見ると、ほんのり赤い痣が出来ている。
千秋はマジマジと高耶の体を見直してしまった。
今の反応…
気付いてしまうと、今までただの虫刺されだと思っていたものまで、
もう全部がキスマークにしか見えない。
高耶はギュッと目を瞑って硬直している。
動揺しまくっているのが伝わってきて、こっちまで顔が火照ってくる。
だが、千秋は無理やり心を落ち着けると、
「ほらほら。さっさと行かねえと皆が来るぞ。空いてるうちに入ろうぜ。」
いつもの調子で高耶を促し、何もなかったように歩き出した。