『直高の桃太郎−5』

 

高耶の体からは、甘くて優しい桃の香りがしました。

滑らかな肌に手を這わせ、腕の中に閉じ込めたしなやかな身体を、
五本の指と舌を使って思いの限りに味わいながら、直江は夢を見ている心地でした。

ずっと、こうして抱きたかった…

高ぶった熱を押し当てて、そのまま思いを遂げようとした直江は、
切れ切れに聞こえる高耶の声に、動きを止めて唇に耳を寄せました。

「こ…なの…違…おまえ…じゃな…」

直江を見つめる高耶の瞳が、悲しい涙に濡れています。

けれど今の直江には、それさえ甘美な媚薬に思えました。

尖った長い爪で、ツゥと肌を撫でれば、辛そうに眉を顰める顔とは裏腹に、
高耶の吐息が熱くなってゆくのがわかるのです。
それは堪らない快感でした。
愛撫を止めようとしない直江に、高耶は漏れそうになる喘ぎ声を抑えながら、必死に話しかけました。

抱かれるのが嫌なんじゃない。

おまえが元に戻れないなら、それでもいい。
俺がずっと一緒にいて、鬼退治から守ってやる。

だけど…こんなのは嫌だ!

これが本当のおまえの心なら、本気で俺が欲しいなら、
鬼の力なんか使わずに俺を抱けよ!

いつしか高耶は、直江の頭に生えた角にすがって、ポロポロと涙を流していました。

「鬼の…力…」

吹き荒れていた風の音が止み、悄然と呟く直江の声が聞こえました。

「直江…! 正気に戻ったんだな?」 涙に濡れた顔を輝かせ、高耶は思わず直江の瞳を覗き込みました。

苦しげに目を逸らした直江は、それでも高耶から身を離そうとはしませんでした。

鬼になってしまったことを今更ながらに自覚しても、
もはや高耶を求める心は抑えられません。
もう元には戻れないのです。

苦悩する直江に、高耶は犬の姿の時いつもしていたように、
首をギュッと抱いて頬を寄せました。

「帰ろう、直江。」

高耶の声と温もりが、直江の胸を優しく悲しく締め付けます。

帰りたい…
でも…

「鬼でも何でも、中身がおまえなら、それでいい。」

高耶の瞳が、まっすぐ直江を見つめます。

「高耶さん…」

「そのまんまでも、いいったらいいんだ!
 ほら、さっさと風を起こせ。鬼ヶ島に戻るぞ。」

赤くなった耳が、言葉の意味を告げています。
直江は万感の思いを込めて高耶を抱き締めると、自分の意志で精一杯の力を振り絞り、風を呼びました。

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

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