二人がいなくなった後、色部達は休戦状態になっていました。
というのも、首領の千秋が全く戦う意欲を見せず、色部と綾子にしても、
二人のことが心配で、鬼退治どころでは無い気分だったのです。
直江の気持ちを知っていただけに、単純に千秋を恨む気にはなれませんでした。
「ま、茶でも飲んで、ゆっくり休んでな。」
縁側に座って、出された茶を啜り、ハア〜と深い溜め息を吐いた時、ザアッと風が吹きました。
木々が揺れ、緑の葉が舞い飛ぶ中に、直江と高耶の姿が見えます。
色部と綾子は、急いで庭に飛び出しました。
「良かった!無事…」
「…とは言えねえ感じの格好だな。」
高耶を見て思わず絶句した綾子に代わり、いつの間にか横に立った千秋が、後の言葉を続けました。
その通り、高耶は何をされたか一目瞭然な有り様でした。
袖が千切れ、あちこち引き裂かれた様子の衣は、かろうじて肩から腰を覆っているものの、
剥き出しの手足や頬には、薄く血の滲んだ真新しい爪痕と花びらのような痣が、幾つも出来ています。
それでも高耶は、ちょっと顔が赤くなっただけで、
澄んだ瞳の輝きも力強さもそのままに、まっすぐ千秋を見つめて、ニッと不敵に笑ってみせました。
「無事に決まってる。直江は返してもらったぜ。」
その傍では、犬に戻った直江が、頭の角を高耶の手に擦り寄せながら、
どこか吹っ切れたようなスッキリした瞳で、黙ってこちらを見ています。
千秋は一瞬大きく目をみはり、それから笑い出しました。
「気に入ったぜ、桃の。」
「桃の、じゃねえ!高耶だ!」
色部と綾子と直江が、揃って溜め息をつきました。
笑いが止まらなくなって、千秋は涙混じりに腹を抱えながら、青い空を見上げました。
長い鬼の暮らしで、こんな経験は初めてです。
千秋は改めて高耶を見つめ、
「決めた。俺も今日からおまえと行く。」
そう言うと、答えも聞かずに様々な手配を済ませて、鬼ヶ島を配下に任せてしまいました。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「いいから、いいから」
こうして高耶たちの鬼退治は、計画とは全く違う形で終わりました。
折りしも時は七月。桃が美味しい季節です。
彼らが郷に戻ったのは、ちょうど高耶の誕生日でした。
その夜、高耶が泊まった直江の家は、それはそれは甘くて瑞々しい桃の香りで満たされたそうな…
それからも、もちろん色々あったのですが、このお話はこれでおしまいです。
それでは皆さま、ご一緒に。
めでたし、めでたし。 ちゃんちゃん。
2009年8月6日