『直高の桃太郎−3』

 

緩く束ねた長い髪、整った顔立ちに派手な着物がよく似合う、
角さえ無ければ都の貴族と間違えそうな美しい鬼です。

「おまえが親玉…?」

驚く高耶に、鬼は軽く肩を竦め、ふあぁと眠そうな欠伸をしました。

次の瞬間、ふっと鬼の姿が消えました。

「!」

ガキッ!と刀が噛み合う音がして、柄に衝撃が走りました。
目にも留まらぬ早業で、鬼が高耶に斬りつけたのです。
それを防いだ高耶の腕も、誠に見事なものでした。

「やるな、坊主」
「坊主じゃねえ!高耶だ!」

フフッと鬼が笑いました。

「高耶さん!」

鬼に名前を言うなんて、何の術を掛けられるか…
青くなった直江の顔を見て、鬼は更に可笑しそうに笑うと、

「俺の名前は千秋だ。おまえは…そうか、桃の…」

クンと高耶の首筋に鼻を近づけ、耳元で囁きました。
今にも唇が触れそうです。
直江がブルッと体を震わせ、聞いたことのない唸り声を上げて、千秋に牙を剥きました。

  「触るな!その人に指一本でも触れたら…」

「どうするって?」

煽るように直江を見ながら、千秋の左手が高耶の肩に廻された瞬間、シュッと刃が閃きました。

「ははは。やっぱ簡単に手を出させちゃくれねえか。」

危うく跳びすさって、高らかに笑う鬼の喉元に、直江は堪えきれずに飛びかかりました。

「やめなさい!挑発に乗ってはいかん、直江殿!」

気付いて叫んだ色部の忠告も、殺気立った直江の耳には届きません。

千秋の首に牙を立てた途端、直江は見る見るうちに人の姿に変わり、その頭には小さな角が生えてきました。
直江は千秋の罠に嵌り、鬼に魂を捕まえられてしまったのです。

「そんな…直江!」

ゆらりと立ち上がった直江は、千秋のことを忘れたかのように、じっと高耶を見つめました。

こんな時だというのに、なぜか高耶は胸がドキドキして落ち着かなくなりました。
人の姿になった直江を見るのは、これが初めてのはずなのに、どうして知っている気がするのでしょう?
鬼になってしまった直江の熱い瞳に、なぜこんなに心が騒ぐのでしょう?

「直江!正気に戻って!あんたが鬼になってどうすんのよ!」

綾子の声に、高耶はハッとして千秋を睨みました。

「なぜだ!どうして直江を…」

どうすれば元の直江に戻るのだろう? 千秋を倒せば良いのか?

間近で見た千秋の瞳は、邪悪なものなど無いように見えたのに、どうしてこんな酷い事をするのか、高耶にはちっとも判りませんでした。

「どうして…って? そうだな。俺はそいつが溜め込んだ抑圧を、表に出してやりたくなっただけさ。」

辛そうだったし…とは口に出さず、千秋は自嘲気味に微笑みました。

永く鬼を続けていると、人が心に隠したものが見えるようになって、見たくないものまで見てしまう事が多くなります。
けれど直江の想いは、欲望を孕んでいるとはいえ、とても美しい輝きがあって、そのまま苦しいだけで終わらせるのは惜しい気がしたのです。
でも…それ以上に、もう少し関わってみたかった自分の心に、千秋は気付いていました。

人の世も、人の心も、どうだって良かったはずなのに…
何もしなくても、いつかは壊れてしまう直江の枷を、
今ここで砕いた理由は、本当のところ千秋にもわかりませんでした。

「ヨクアツって何だよ! そんなのわかんねえよ! 
 言えよ、直江! おまえの心を、おまえの言葉で教えてくれ!」

高耶が直江に向かって叫びました。

背景の壁紙は、こちらからお借りしました。→

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