『魔法使いの年始-6』

千秋が帰った後も、直江の眉間の皺は消えなかった。
「おれ、ちょっと寝てくる。1時間したら起こしてくれ。」
眠そうにあくびしながら、高耶が部屋を出ていくと、直江は色部から来た年賀状を、しげしげと眺めた。

「道楽…か」
確かに色部が好みそうな風習ではある。
贈る方も貰う方も軽い気持ちでいられて、それでいて現況や心を伝えようと思えば伝えられる。
手書きの文字が、いかにも昔気質の色部らしい。
彼の温かい人柄を思い出して、直江は小さな溜息を吐いた。

千秋の言うとおり、隠してもいつかは知られてしまうだろう。
それでも出来ることならずっと隠しておきたかった。

この穏やかな暮らしを

高耶の存在を

誰にも知られず、何にも脅かされず、
隠して守り通せるものならば、そうしたいと望んでいた。
だが、それが無理なら…

考え込んでいるうちに、いつのまにか1時間が過ぎていたらしい。
時計の音にハッとして顔を上げると、もう陽はすっかり傾いていた。
「高耶さん」
声を掛けても返事が無い。
眠り込んでしまったのかと、手をのばしたとき、直江の心臓がドクンと嫌な音を立てた。

いない!?

ベッドには温もりさえ残っていない。
震え出す肩を抱いて、直江は部屋を見回した。

どうして気付かなかったのだろう。
こんな状況で、あの人が何も思わないはずがなかったのに!

思った通り、机の上に高耶の字で走り書きされたメモが置かれていた。
『千秋のところに行く。心配するな』
馬鹿だ…と呟いた直江の目から、握り締めた拳に雫が落ちる。
震える肩を、体を、止められるものは、もう無かった。

 

****************

 

 
待ち合わせの場所に走りながら、高耶は手の中の折鶴をそっと握り締めていた。

(直江…)

一緒に暮らし始めて半年になる。
その間、直江を訪ねてきたものは誰もなかった。
今日の千秋が初めてだったのだ。

家から半径ほぼ1キロ。
それを超えると、いつのまにか見知った通りに出ている。
外の世界に出るのは自由だけれど、直江と一緒でないと帰れない。
そんな生活を、不便に感じたことはなかった。
魔法使いってのは、異次元みたいなとこで暮らしてるんだなって思っただけで…

でも…
あの驚き方は普通じゃない。
なんで年賀状くらいで悩むんだ?
俺達のことは、そんなに知られちゃいけないことなのか?

聞きたい。
でも聞けない…おまえには。

 
「教えてくれ。あの年賀状は何だ? 直江は何を悩んでるんだ。」
こっそり耳打ちすると、千秋はチラリと直江に目をやった。
「ん〜。長い話だからな…うちに来るなら教えてやるよ」

高耶の瞳がわずかに揺れた。
行けば直江が心配する。
だけど…

「わかった」
コクリと頷いて、高耶は千秋の側を離れた。

『どこにいても迎えに行きます』
直江の声が胸の奥で木霊していた。

 

***********************

 

 
走ってくる高耶を見つめて、千秋は苦笑いを浮かべた。
直江があれほどに隠したがっているものが、今こうして自分から出て来てしまう。
それも直江が悩みに悩んで隠そうとするからだ。

直江の気持ちがわからないわけではない。
だが、ひとりで守ろうとしても、守りきれないものもある。
ならば…と助け舟を出そうとした色部の想いが、
直江に伝わったかどうかは、千秋にもわからなかった。

「本当に来るんだな?」
千秋の問いに短く頷いて、高耶は後ろの飛行機を見つめた。
「これで行くのか?…大丈夫なんだろうな…」
疑わしそうな視線に、
「…この野郎。なんだったら歩かせてもいいんだぞ。」
亀かカタツムリにでも変えてやろうか?
と睨む千秋を見て、高耶は笑いながら後部座席に乗り込んだ。

魔法使い相手に、こんな態度でいられる人間がどこにいるだろう?
少なくとも千秋は、お目にかかったことがない。
怖がって忌み嫌うか、崇め奉って利用しようとするか。
まあ子供なら何も知らずに喜ぶこともあるが、それでも自分とは違うものだと思っている。

でも、こいつはそうじゃない。
直江が何年も想い続けただけのことはある…かもしれない。

「行くぞ。ちび虎! ちゃんと掴まってろよ」
プロペラ音に負けない千秋の声が、暮れかけた空に明るく響いた。

 

 

このあと、直江がここまでして高耶さんを守る理由が明らかに!

 

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