「なん…だ? 今の…」
静電気みたいな青い火花が、確かに腕を走って散った。
それなのに、僅かに痺れがあるだけで、痛みはほとんど感じない。
戸惑って直江を見ると、直江は小さく笑って首を振った。
「ちょっとした脅しってヤツさ。
魔法使いの怖さも知らずに、突っかかると危ねえってこと。
忘れるなよ、ちび虎」
ニッと笑った千秋は、高耶の手を襟から払って、真面目な顔で直江の前に立った。
「家を壊して悪かった。」
神妙に頭を下げる千秋に、直江は高耶と顔を見合わせて微笑んだ。
元々魔法で建てた家だ。
魔法使いの間では、家でも物でも壊すのはお互い様で、
だからこんなふうに謝るなんて、普通はしない。
けれど高耶はそれを知らない。
本気で怒ったのは、この家を大事に思うからだ。
その気持ちを知って、謝ってくれた千秋の心が嬉しかった。
「けど魔法で直すのだって、誰でも出来るってわけじゃねえんだからな。
感謝しろよ、ちび虎。」
「ふうん。…って、なんで俺がちび虎なんだよ。」
「まだガキだからに決まってんだろ」
いつのまにか意気投合しているふたりに、なんだか複雑な心境になる直江だった。
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楽しげに高耶をからかう千秋の肩を、いい加減にしろと釘を刺すように軽く叩いて、
直江はビスケットを啄ばむ小鳥を一羽、指に乗せた。
「ところで、ここへは何の用で来たんだ?
この場所も、おまえに教えていなかったはずだが…?」
「俺に、じゃなくて誰にも教えていなかった。だろ?」
ニヤリと笑った千秋は、直江の咎めるような視線に目を細めて、
「おまえは誰にも教えてなかったよ。でも俺は知ってる。
そして俺が知ってるってことを、色部のとっつぁんは知ってたのさ。」
まるで禅問答のような、ややこしい話し方をしながら、
隠し事ってのは、いつのまにか人に知られてるもんなんだよ。
と付け足して、千秋はパチッと指を鳴らし、テーブルの上に一枚のはがきを出した。
「それ、色部のとっつぁんから。年賀状だとよ。」
「年賀状? 魔法使いでも年賀状を書くのか?」
几帳面な直江が、年賀状のねの字も言わないものだから、魔法使いにはそんな風習が
ないのだと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
やっぱり日本だなあと、高耶は珍しそうに葉書を眺めた。
ごく普通の年賀状のようだ。
鮮やかな墨の色が美しい。
色部という人は、なかなかの達筆らしかった。
だが直江はひどく怪訝な顔で、千秋に向かって問いかけた。
「なぜ色部さんがこんなものを? しかもどうしておまえに頼むんだ。まさか…!」
いきなりガバッと立ち上がった直江に、小鳥が驚いて羽ばたく。
千秋は静かに直江を見つめて、
「何も起きちゃいない。これはとっつぁんの道楽だよ。」
と宥めるように微笑んだ。
今はまだ…な。と胸で呟いた千秋の顔を、高耶は何も言わずに見つめていた。
小さな不安の種が、心に忍び寄ろうとしていた。
2007年2月3日