『魔法使いの年始』

翌朝、眠っている高耶の髪を指で梳きながら、直江は幸福の余韻に浸っていた。

「ん…もう朝なのか?」
むずかるように寝返りを打って、高耶が薄く目を開けた。
「いいえ。まだ夜中ですよ」
直江は微笑んで嘘をつくと、瞼にキスを落として、高耶の肩をベッドに押し戻した。

「ダメだ…こら、やめろって…んん…」

もう一度、甘い夜へと戻れそうになった時、
ガッシャン!!ガラガラッ!!!
大きな音と共に、何かが天井を突き抜けて落ちてきた。

「な!? なんなんだ、これは!!」

とっさに魔法でガードした直江のおかげで、直撃は免れたものの、
ベッドのすぐ脇には、壊れたプロペラが転がっている。

「やれやれ…すまねえな。ちょっとミスっちまった。」

屋根に引っ掛かった機体から、やっとこさ這い降りてきたのは、
高耶も顔見知りの魔法使い。千秋だった。

「よ、久しぶり。んじゃ俺はあっちにいるから、終わったら呼んで?」
千秋はにっこり笑って挨拶すると、くるりと背を向けて、半分壊れたドアから部屋を出ていく。

「ちょっ…てめぇ人んち壊しといて何フツーに喋ってんだよ!」
「高耶さん! 服!! 服を着てから!!!」

******************

 

小春日和のやわらかな日差しが、部屋を満たして降り注ぐ。

飛んできた雀にビスケットを分けてやりながら、
直江が淹れた珈琲をひとくち啜って、
「ん〜美味い。やっぱ珈琲はサイフォンが一番だな。」
千秋は満足そうに頷くと、目の前で睨んでいる高耶の顔をチラリと見上げた。

「そんな顔しなくても、ちゃんと直してすぐ帰るから心配すんなって。」
さらりと笑った千秋の言葉に、高耶は拳を握り締めて、
「んなこと言ってんじゃねえ!」
と立ち上がった。

千秋が言うとおり、壊れた天井も壁も、魔法の力でどんどん修復されている。
既に飛行機やプロペラは小さな模型に戻ってしまい、
大きな穴がみるみる塞がっていく様子は、まるでビデオの巻き戻しを見ているようだ。

でも、だから許せない気がするのだろうか?
直江の家を壊しておいて、魔法でひょいと元通りって…そんな簡単なものなのか?
許せない。
せめて悪かったと謝るくらい、したっていいじゃないか。

「直江に謝れ! なんでも魔法で済むと思ったら大間違いだ!」

息巻く高耶をぽかんと眺めて、千秋は直江に目をやった。

千秋の瞳がにんまり細くなると同時に、直江の体が高耶の前に出る。

「へえぇ。謝らなかったら?」

挑戦的な口調に、高耶は直江を押しのけて千秋の襟を掴んだ。
言葉よりも雄弁な瞳が、千秋の瞳を見つめる。
千秋の右手がスウッと上がった。
人差し指が、高耶の腕に触れたとき、ピンと空気の弾ける音がした。

 

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