何を思っているのか、胸のポケットに手を当てて、
高耶は祈るように目を閉じていた。
その顔をちょっと眺めて、千秋は食べ終わった食器を消すと、机に大きな本を広げた。
「さあ。腹も膨れたし、次は勉強といくか。」
「ぐぇ〜…なんだよ、そのデカい本は…」
高耶の顔が一気にげんなりする。
楽しそうに笑った千秋は、眼鏡を指でクイと押し上げ、
『魔法使いの歴史と種族』の講義を始めた。
それから1時間後。
高耶はぐったりと机に突っ伏していた。
「オラオラ。しっかりしろ!
次は『魔法大全』206項17章−魔導士の授印…
…こら寝るな〜!」
千秋の声が遠くなってゆく。
聴きたいのは違う声…
俺の名前を呼ぶあいつの…
眠りかけた頭の奥で、直江の声が千秋の声に重なる。
「魔導士の加護を受けし者は、やがてその力に目覚める」
まどうし?
直江…どこ?…誰と話してる…?
ゆっくりと高耶の意識が直江の声を追っていく。
目の前にいる千秋にさえ、それを止める術はなかった。
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やがて杯を置いて、色部は直江に微笑みかけた。
「まさか君が、ひとりでここに来るとは思わなかったよ。」
「私も…賀状を頂いた時には、どこに逃げようかと考えていました。
ここに来たのは、それでは駄目だと気付いたからです。」
直江は少し目を伏せ、自分の心を確かめるように胸に手を当てると、色部の瞳を静かに見つめた。
「あの人のことを、どこまでご存知ですか?」
「何も。
彼がケンシンの加護を受ける珍しい人間で、
君の大事な恋人だという以外は、何も知らないよ。」
やはりそこまで知っていたかと思う反面、
それだけでは何も知らないのと同じだと言う色部に、
直江は小さな感動を覚えた。
「今度は一緒に来ます。その時は、どうぞ宜しく。」
にっこり微笑んだ直江に、色部は笑って頷いた。
「彼を守るのは難しい。私で良ければ、いつでも力になろう。」
「ありがとうございます。
魔導師の加護を受けし者は、やがてその力に目覚める。
彼はまだ目覚めていませんが、この先、何があるかはわかりません。
私は全力であの人を守る。この命に代えても…」