ぼんやりと見えていた視界が、ふいにくっきりと形を持った。
「直江…」
伸ばした手は、何の感触もなく、直江の腕を突き抜けた。
「夢…?」
それにしてはリアルだと思いながら、高耶は周りを見回した。
落ち着いた印象の部屋だ。
直江と向き合っている男が、この部屋の主だろうか。
温かい笑顔に、なんとなくホッとする。
大丈夫。
この人も千秋も、直江をわかってくれてる。
おまえの気持ちをわかってないのは、俺だったのかもしれない。
それでも…
「命に代えても…なんて勝手に誓ってんじゃねえ。
誓うなら俺に誓え!
絶対に死なない。ずっと傍にいるって!!」
心のままをぶちまけて、
「バカヤロウ!」
と叫んだ。
夢なら言える。
おまえがどう思っていても、俺はおまえといたいんだ。
「高耶さん!? どうして…」
「おやおや…魂を飛ばして来るとは…」
二人の驚いた顔に、高耶はビックリして後退った。
みるみる視界が薄れてゆく。
揺らいで消える高耶の影を追って、伸ばした直江の手が空を切った。
「高耶くん…か。挨拶をし損なってしまった。」
残念そうな色部の呟きに、直江は呆然とした顔のまま振り返った。
「早く行ってあげなさい。
あの様子では、自分が何をしたかもわかっていないだろう。」
コクリと頷いて、深く頭を下げた直江を、
ウムと短い挨拶で送り出し、色部はクスクスと笑った。
「なるほど、ケンシン殿が気に入ったのは、あの気性か」
あんなバカヤロウは初めて聞いた。
苦労のしがいがありそうだ。と笑って、色部はまた杯を傾けた。
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「戻ったか。この結界破り」
安堵の混じった声に目を開けると、
千秋が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「なんか…変な夢みてた」
目を瞬いて体を起こすと、差し出された水を飲んで、やっと息を吹き返した気分になる。
妙に疲れた感じで、体を動かすのも億劫だ。
「食ってすぐ頭を使ったから、血が回らなくなったんだろ。しばらく寝てろ。」
千秋の言葉に、なんだそれは?と思ったが、高耶は大人しく机に頭を乗せて目を閉じた。
胸ポケットの折り鶴に、そっと触れてみる。
驚いた顔の直江が浮かんで、涙が出そうになった。
俺が何も気付かなければ、
あいつは何も言わずに俺の為に命をかける気だったのか。
俺の願いも知らずに…
「バカヤロウ」
呟こうとした高耶の頭に手を置いて、呟いたのは千秋だった。
「何も知らないまんま、勝手に動くと危ないだろうが。
言ったろう?
おまえと一緒にいたいから、あいつはおまえを守ろうと必死なんだ。
その努力を無駄にするんじゃねえ。」
「…知れば変わるのか…?
守るとか守られるとか、そんなことしなくて済むようになるのか?」
囁くような高耶の問いかけに、千秋は黙って首を振った。
先のことはわからない。
ただ高耶の場合は、知らないより知るほうがいいと思った。
なんといってもこいつは、知ったからって怖気づいて退くタマじゃない。
一年の計は元旦にあり。
残念ながら、もうとっくに元旦は過ぎてしまったが、まだ今年は始まったばかりだ。
今も千秋の結界に阻まれて、悪態をつきながら苦闘している直江の為にも、
高耶には守られる者の心得というものを、もっとしっかり教えてやらねばならない。
そう考える千秋の頭には、楽しい訓練のカリキュラムが組まれつつあった。
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