「だったら何だ? 隠さなくて済むように、おまえがあの家を出て行くってか?」
フンと鼻で笑った千秋に、高耶の顔が苦しげに歪んだ。
「隠す理由によっては、そうするしかないだろうな。」
固い声で答える高耶を見つめて、千秋はハァ〜と大きく溜息を吐いた。
「直江が反対するってわかってんだろ? それでも出て行くつもりなのか?
そんなだから、あいつがよけいにグルグルするんだ。
ったく困ったチビだな。おまえ直江以外、恋愛経験ないだろ。」
言いたい放題だが当たっているだけに反論できず、
高耶はグッと詰まって真っ赤になった。
「ンなこと関係ねぇだろ!! 俺の為に直江が…
俺が家を出れば、直江は隠れる必要なんてないはずだ。俺がいるから…」
離れたくない。
必ず迎えに来るとわかっていてさえ、早く来いと願ってしまう。
そんな自分が直江と離れて暮らすなど、考えたくもなかった。
けれど一緒に暮らすことで、直江の人生を不幸にするなら、出て行くしかないではないか。
気付いてしまったら、もう知らなかった頃には戻れない。
一番大切な人の犠牲の上になりたつ幸福など、求めてはいけないのだと、
高耶はギュッと目を瞑った。
それでも心は求めている。
なんでもいい。おまえと一緒にいられるなら…
そう望んでしまう自分が怖かった。
「隠す理由ねぇ。おまえ、本当にわからないのか?」
千秋が探るように顔を覗き込む。
わからないから聞いてるんだと首を振ってから、ハッと目を上げて千秋を見返した。
どうして…どうして直江は、隠さなければならないのだろう?
直江のことだ。
もしかしたら俺を守る為とか…?
俺を思ってのことなら、そんなの無用だ。
誰が何をしたって平気だから、隠さないでくれと頼めばいい。
湧いてきた希望に、高耶の顔が明るくなった。
千秋はフッと表情を和ませると、残りのシャーベットを口に運んだ。
「詳しい事情がなんであれ、あいつがこうまでして隠す理由なんて、
たったひとつしかねえだろうが。
いいか、おまえがいるから、じゃない。
おまえと暮らしたいから、だ。その違いくらいわかるだろ。チビ虎。」
食べ終えたスプーンを鼻先で振りながら、偉そうに言う千秋に、
高耶は素直に頷けなくて、ムゥと唇を尖らせた。
そんな顔をしても、ほんの少し赤くなった頬で気持ちは筒抜けだ。
嬉しそうに和らいだ瞳から目を逸らせなくて、
千秋は空になったスプーンを、もういちど口に戻しかけて空中で消した。
直江の家を出たら、ここに引き取ってやると言ってやればよかった。
不埒な想いが頭を掠める。
「惜しいことしたな…」
千秋の独り言は、小さすぎて高耶の耳には届かなかった。
確かにこれは、隠したくなる。
直江が高耶を隠す理由を、またひとつ見つけてしまった千秋だった。